浦島太郎?

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浦島太郎?

 昔、昔、あるところに宮大工の浦島太郎がおりました。浦島は何時ものように海辺を通り帰路に就いていた。ある日、子供たちが騒いでいた。近づくと子供たちが海亀を玩具に遊んでいた。浦島は「亀さんが嫌がっているよ、やめて上げなさい」と注意すると「楽しいから嫌だ」と拒否された。「困ったものだ」と浦島は一案した。そこで手持ちの木を削り子供たちに渡した。「これと交換だ、それでいいよね」と。子供たちは木で作られた鳥に「動かないから、つまらない」と感心を示さないでいた。浦島は、子供たちに「その木ので作った鳥の嘴を逆さに波につけてご覧」と指示をだした。受け取った子は、言われるまま木の鳥の嘴を波につけた。すると、閉じていた翼がパーッと開いた。子供たちは大喜びした。浦島は、「乾いたら翼は閉じるよ。そしたらまた濡らせばいい」と告げるや否や子供たちは、亀への興味が失せ、走り去っていった。浦島は「あの子たちに悪気はないんだ、許してやってくれ」と言うと亀を抱きかかえ海へと返した。  それから数日してその亀と再会した。「あの時はお助け頂き有難うございます」。浦島は驚いた。しゃべるはずのない亀の声が聞こえたからだ。耳から聞こえるのではなく頭の中で聞こえていた。亀は、「あなたに助けて頂い出来事を乙姫様に話したところ甚く喜ばれ、是非、ご招待したいと。それで、お迎えに参りました」と伝えてきた。招待って?海の中だろ、私は泳げないからと戸惑っていると亀は見透かしたように「大丈夫です、私にお任せください」と浦島に甲羅の上に跨らせた。浦島は半信半疑で亀の言う事を聞いた。どんどん迫る海面。あっと言う間に海中に。溺れるどころか快適な海中散策気分。「これは快適だ」と浦島の不安は一掃した。どれ程、まだ見ぬ世界を愉しんだか。「さぁ、着きましたよ」との亀の言葉と現れたのは、海の中にはあり得ない瀟洒な宮殿が目に入った。宮大工でありながら装備品などの彫刻に興味の多くを費やしていた。「素晴らしい」。門を潜り部屋に通されると海水が引き、何不住のない環境が整った。目の前の扉が開くと廊下が現れ、天女のような女性がふたり待ち構えていた。「浦島様、こちらへ」と導かれた先には大広間があり、一段高い間に導かれた。座ると同時に配膳係が豪華な料理を並べ始めた。料理に目を囚われている間に大広間の両側を天女のような者がずらりと並んでいた。浮かれた浦島は「絶景かな絶景かな」と浮かれた気分を隠せないでいた。ただ、食材を見て疑問を感じた。この魚は共食いになるのか?そう思った瞬間、傍にいた賄いが「これは私たちに脅威を与える鮫や蛸、烏賊、それに海藻など御座います」と答えてきた。  「姫様のおな~り~」の言葉と同時に襖が開き、伴の者を従えた一際美しい女性が現れた。「この方が亀さんが言っていた乙姫様?何と美しい」と思わず声を出した。それを聞いた乙姫は優しく微笑み、浦島の側に鎮座した。この世のものとは思えない待遇を受けて舞い上がっている浦島に乙姫は礼を告げると宴が始まった。「あれは鯛か、するとあちらは鮃か…」と興味津々の中、舞が繰り広げられた。乙姫に勧められるまま酒も進んだ。何とも心地いい。乙姫との会話も弾み、距離が一気に縮まった。話せば話すほど乙姫に魅かれ、ついには異類婚姻譚となった。(※異類婚姻譚とは、人間と異界の者が婚姻すること)  旨い食べ物、美しい妻、好奇心をそそる装飾品や彫刻、絵画。夢のような日々を疑う事もなく過ごしていた浦島だったが、「私も作りたい。多くの者に伝えたい」との思いが日増しに大きくなり元の世界への未練を抑えきれなくなっていた。意を決して乙姫に思いを告げると「異界の私と約束を交わし、それを守る代償として、幸福な暮らしを送る事ができております。それを反故になされると…」。乙姫は悲しげな顔をしつつ浦島の決意のほどを感じ取り、受け入れた。  「ただ、異類婚姻譚を持った以上、容易くは解消できません。それを叶えるためこの二つの玉手箱をお渡しします」  「これは?」  「一つは、元の世界へと導く物。ひとつは、この世界と縁を切る物で御座います」  「縁を切るとは?」  「過ごした時をなかったものにすると捉えてもらえれば…」  乙姫の刹那さを浦島は感じ、深く聞くのを思い留まった。浦島は個室に通された。扉が閉まるのを見届けて一つ目の玉手箱の紐を解き、箱を開けた。白い煙がふわっと沸き上がると意識を失った。目覚めたのは亀を助けた浜辺だった。「戻ったか…」。空しい思いを引きずりながら帰路についた。「あれは?」。浦島が目にしたのは朽ち果てた我が家だった。相当の年数が経ったように思えた。途方に呉れながら町へと宿を探しに向かった。泊まるにも金がなかった。浦島は、元の住まいから調達した彫刻刀など持っていた。木を伐り、いくつかの細工彫刻を拵え売り、金を得る事にした。  五つほど作った。子供たちに渡したような。たちまち人だかりが出来た。我も我もと民は欲しがったが数に限りがあった。客同士が口論始めた。困り果てていると僧侶が「一番高い値を付けた人が手に入れれば宜しい」と言い放った。それを皮切りに金額は高値を付けた。浦島は僧侶のお陰で思わぬ金額を手にした。人が去るのを待ち構えた様に僧侶が「お宿をお探しか」と話しかけてきた。「はい」と告げると僧侶はいい宿があるからついてこられよ」と浦島を導いた。仏に仕える者だ疑う事もなかろうと後をついて行った。連れていかれたのは、江戸城だった。「ここは」と驚きを隠せないでいると僧侶は「ここで暫く過ごせばいい、ある事を承諾してくれれば」と唐突な事を言いだした。「あなた様は」と聞くと「私は徳川に仕える天海と申す」と言われ、腰から崩れ落ちそうになった。竜宮城といい江戸城と言い、夢でも見ているのかと思いつつも僧侶に従い城内に。天海なる僧侶が言うには、浦島の腕を見込んで日光東照宮の飾り細工・彫刻を任せたいと言うものだった。浦島にとっては有難い話だった。竜宮城で観た細工を活かせるいい機会だったからだ。  快く天海の申し出を受け入れた浦島は翌日には、日光に移り住み作業に精を出した。特に明智光秀に関連する建造物に着手させられた。楽しい時はあっという間に過ぎ作業を終えるとふと二つ目の玉手箱が気になり始めた。乙姫の約束通り、人目に触れさせず隠し見っていた箱。その箱に呼ばれているように浦島は「もう、思い残すことなど何もない」と箱に手を掛け、開いた。白い煙が立ち込め今までの記憶が急流を下るように勢いよく現れ渦を巻き呑まれ込んでいった。それと同時に日光東照宮に関わった者から浦島太郎の名は消え去った。  優しく正直者のおとぎ話のような生涯だった。めでたしめでたし。
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