雨が雪に変わる頃

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今日も俺は青のとなり、と言っても間にもう1人座れそうなスペースを空けた程度のとなり、に腰かけている。 学校から7駅離れた地元の駅。 小さな広場、バスターミナル。コンビニとベーカリーカフェくらいしかなくて、地元の人間しか利用しない。 広場の端っこには高さ7、80センチくらいにレンガを積み上げた丸い花壇があって、鳥が集まったり、猫が飛び乗ったりしている。 青と知り合うまでは気にも留めなかった、そこら中の駅にありそうな花壇。 そこに座って、青は絵を描く。 青の方から絵を見せてきたことはないけれど、手元をのぞき込んで拒否されたこともない。 この前は、駅前で建築中のテナントビルを描いていたようだった。 俺には絵の良し悪しなんて判断できないけれど、青の絵は巧いと思う。 初めて目にしたとき、「すげえ」ってつい口から出たもん。 正確に写し取れているのはもちろんのこと、陰影がつけられて、造りかけの建物の裏寂しい雰囲気、がらんどうな感じがよく伝わってきた。 真っ白でだだっ広い紙に、何かが創造されていくさまを眺めるのは楽しかった。わくわくした。それまでは絵を描くやつとか美術って静かなもので、浮き立つ気分や期待とは無関係だと思っていた。少なくとも俺にとってはそうだった。 次はどんな線で何が描かれるのだろうと思ううちに、週に2、3度会うようになって、そのうち、毎日となりにいるようになった。 12月に入った今は、青はチェック柄のマフラーに顔半分を埋めながら、やっぱり絵を描いている。 冷気で少し紅潮した頬には、おそらく9月から切っていない髪がまとわりついている。 伏せたまつ毛は微動だにしない。 「雨、降りそうじゃない? 天気予報でも言ってたし」 「帰れば?」 間髪を入れずにそんな風に言う青は、この寒さより冷たい態度だ。 けれどもう慣れている。余計なことはしゃべらないやつなんだよな。 俺は、青のとなりでいつもスマホをいじったり、予備校の課題を済ませたりパンを食べたりしている。要するに意味のありそうなことは何もしていない。 「暇じゃないのか? (わたる)」 「暇じゃない」 駅前を行き交う人たちは俺たちのことなど気にせず通り過ぎて行く。 こっちからは歩いて行く人たちがよく見える。スーツ姿に学生服。老人に子ども。 「何描いてんの?」 ひょいとのぞき込もうとすると、すごい勢いでスケッチブックを胸に抱えられてしまった。 え、見せてくれないの。 今度はちょっと傷ついた。 「…飲み物、買って来る」 気まずさを察知したのだろう、青は立ち上がって行ってしまう。 スケッチブックをしっかりと抱えて。 まあ、そういうこともあるかもしれない。 誰にだって見られたくないもののひとつやふたつ、ある。 俺は半ばむりやり自分に言い聞かせる。 ただ俺が勝手にとなりに居座っているだけで、何の約束もしていないのだから。
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