雨が雪に変わる頃

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制服に小さな水玉模様がぽつり、ぽつり、とできる。雨が降り出した。空は雲が重たくのしかかって灰色だ。 こんなマイナーな場所でも、多少はイルミネーションが飾りつけられている。植え込みの低木にオレンジの明かりが連なって(またた)いている。駅の構内には、俺の身長と同じくらいの高さのクリスマスツリーが設置されて、改札の外まで光がこぼれている。 12月24日。世の中的にはクリスマスイブ。 予定は特にない。平日だし、部活も予備校の授業も入っていた。 両親と兄ちゃんたちと、5人でチキンとケーキを食うんだろうな。ふたりの兄のうちどちらかは、アルバイトでいないかも。 雨のせいで足早になる人たちをぼんやりと眺めていると、青がもどって来た。 俺の前に缶を2本突き出して、ぶっきぼうに「どっち」とたずねる。ミルクティーと緑茶。 「じゃあ…お茶」 サンキュ、と言って受け取る。 「雨、降ってきたな」 「これくらいなら大丈夫だよ」 青は缶を両手で包む。 指がかじかむくらい寒いくせに、まだ絵を描くのか。俺はあきれて苦笑する。 青のことをよく知っているわけじゃない。 佐藤青。県内屈指の高偏差値の私立高校2年。同い年。美術部員じゃなかったのはちょっとした驚きだった。弓道部に所属していて、特技はヴァイオリン(!)。好きな飲み物は抹茶ラテとミルクティーらしいと、ここにいて観察するうち知った。きょうだいは弟が一人。 青は俺のことをどのくらい知っているのだろうか? それを考えると、少し怖くなる。 そもそも興味を持たれていないんじゃないかって。 俺は井上(わたる)。ごく平均的な県立高校に通っていて、友達付き合いも部活もそこそこ楽しい。 楽しい、はずだった。 でも最近は放課後の遊びを早めに切り上げたり予備校をさぼったりして、青のとなりにいる。 「暇だから」ここにいるわけじゃない。 好きなものは…青の描く絵と、それから。 俺は青の風で乱れた前髪と、そこからのぞく肌理(きめ)細かい額を見る。それから駅前の風景をながめながらゆっくりとまばたきをする瞳を。 絵を描くときに対象をつぶさにながめるってこういう視線なのかもしれないとふいに思う。 ただこうして少し離れて座っているだけでは、何も変わらない。 この距離を近付けることさえできない。
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