粉雪

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航本人には思いもよらないだろうけれど、航は、言葉で一種の絵を描いているようなものだと感じる。 決して多弁を費さずに。 僕はそれを聞きながら絵を書くのが楽しみになっていた。 鉛筆がリズミカルに動く気がする。 「ねえ俺…邪魔?」 「え? どうして」 「だってさっきから、てゆうかいつもだけど、俺ばっか話してるし、青は絵を描いてるし」 「…邪魔じゃないよ」 そう言うのが精一杯だった。 「そんなら良かった」 白い八重歯を見せてにかっと笑う顔は、秋の肌寒い空気の中で、まるで花が咲いたみたいだった。胸の奥が温かくほころんだ気がして、僕はひそかに動揺したのだった。それを隠そうと、あわてて目をそらした。 頬骨が少し高めで、秀でた額にしっかりした眉。 形の良い鼻、固く引き締められた唇。 横を向くと浮き出る首の骨。鎖骨。 毛先が軽く波打った明るい茶色の髪がまとわりつく。 気がつけば航の横顔を眺めている。 考えてみれば、情景の一端として人物を描いたことはあっても、特定の誰かを主として描いたことはなかった。友人や家族でも。 航の姿を描いたらどうなるのだろう。 描こうとして手が動きかけたのは、一度や二度ではない。 けれどそのたびに、鉛筆は止まる。たとえ描いたところで、何かが起こるわけでもないのに。 僕は自分自身の感情に戸惑い、ついにはスケッチブックを閉じてしまう。 「サンタって何歳までいると思ってた?」 スマートフォンを操作しながら、航がふいに言う。 「小学2年。親が枕元にプレゼントを置いた時、ぱっと目が覚めた」 ちなみにお願いしたプレゼントはサッカーボールだった。 「俺さ、誕生日が1月だから正月にお年玉とまとめてもらってたんだよ。だからクリスマスに贈り物ってもらったことない。ケーキやごちそうがプレゼントだよってごまかされてた」 「…欲しかったのか? プレゼント」 「自分の好きな物は買ってもらってたけどね。イブの夜にもらってみたかった」 そうか、もうすぐクリスマスか。 僕はその日からこっそり航をスケッチブックに描き始めた。 最初は線を何本か引いてはすぐ消して、描いてはまた消して、の繰り返しだった。 目鼻立ちや体格の良さが相まり、ともすれば石膏像のごとく硬い線になる。 たぶんそれでもそれなりには描けるだろう。 けれど、僕の見てきた航はもっと、軽やかで気まぐれで楽しい。 その印象を紙に写し取れるだろうか? 横目で盗み見ては、線を重ねる。
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