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聖夜
明るい茶色の柔らかい線で縁取られているのは、俺。
どう見ても俺だったんだけどそれを確認するのは勇気が要った。もし違ってたらめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん?
青は涼しげな表情であっさりと、そうだよって答えた。
心臓が口から飛び出そうなくらいびっくりして、嬉しかった。
「ほんとにもらっていいの?」
同じことを何回も聞いてしまう。
そのたびに「いいよ」ってうなづく青。
線を指でたどってみる。
横顔、ななめからとらえた顔。後ろ姿は別れて帰る時だろうか。バスケットボールと戯れる俺。鼻がくっつきそうなほど猫に顔を近づける、俺。
全部、俺だった。
青にはこうやって映っているのだ。
こんな風に見てくれていたのだ。
俺よりも俺自身のことを知っている人が存在するという感覚。
後ろ姿なんて、絶対に自分では見えない。
それをこうして青は、はねた髪の毛まで、スニーカーの紐の結び方のくせまで見ていてくれた。
すげえ、と俺はまた言ってしまう。他に表現が見つからない。
今までの青の絵より、身軽で、絵の中で風が吹いているような雰囲気。
「何でいつもの鉛筆の黒じゃなくて、茶色なの?」
「その方が明るいし…航って感じがするだろう」
あたりまえのことのように青は答える。
「そうなんだ」
何もかもが、俺だけのためのトクベツだった。
絵そのものはもちろんだけど、これを描いてくれていたってことが最大のプレゼントだと思った。
あ。もしかしたら、あの時必死こいて隠そうとしてたのは、これを描いていたから?
俺はそれを口に出そうとして、すんでのところで止める。
何て言うか、そこまでデリカシーがなくはない。それに青は聞いたところで照れながらむっつりして答えてはくれない気がした。
隙間を空けない、本当のとなりに座る。肩の触れ合う距離。
ちょっと調子に乗る。けれど青は逃げなかった。だから俺はもっと調子に乗る。
「クリスマスの予定、考えれば良かった。どっか行くとか」
こんなプレゼントをもらえるとわかっていたら、いろいろ考えたのに。
夜景とかお洒落なケーキとかさ、と自分には不似合いなことを考える。この絵に釣り合うお返しなんて何もなさそうだ。考えながら俺は顔を上に向けて口を開く。
「…何してるんだ? 航」
「雪を食ってる」
子どもの頃からよくやっていた遊び。
「…雪って、大気の汚れが付着してるんじゃないか?」
「げっ、まじで!?」
てのひらで口を拭う。
青を見れば、声を上げて笑っている。笑わせられたのなら、まあいいか。
雪は少し降る量が増したようだ。
「手、つないで歩かない?」
きっと楽しいよ。
「どこへ行くんだ?」
「どこへでも」
それはまあ、嘘と言えば嘘だった。
青の親は一晩中の外出なんて許してくれないみたいだし、うちだって怒られると思う。
ただ、まだ一緒にいたい。
行きたい場所も行ける所も思いつかないけど、ただとなりにいたいんだ。
「傘はコンビニで買えばいいし」
「雪なんて払えば落ちるよ。雨と違って」
青はすずしい顔をしてそう言った。
そして今度は青の方から俺の手に触れる。すごく自然な動作だったと思う。
「そういやさ、青の親ってなんてゆう名前?」
あお、って、まあまあ変わった名前だよな。きれいで、青にはよく似合ってる。
「父親は、紺」
紺!
「…じゃあ、おじーさんは?」
「………黒」
黒!
「すげえ。弟は?」
「紫」
「………まじで?」
「ああ。この話はあまりしたくない」
「何で? かっこいいじゃん!」
こんな面白い話を隠していたなんて。
もっと知りたいし、何を知ったとしてもそれが青なんだと思えると思った。
手をつないだまま立ち上がる。
「俺、金ない」
大口叩いておいて何だが、クリスマスイブに好きなやつといっしょにいるというのに懐は心許ない。だって俺はまだ高校生だから。
「ないのか? 僕も大して持ち合わせがない」
「手始めにうちのかーちゃんがやってる弁当屋でも行く? 腹減った」
「弁当?」
「コロッケが人気なんだよ。揚げるとき破裂したやつなら、ただでもらえるかも」
青と俺は、お互いの知らなかったことをたくさん話す。
俺たちは初めて駅の外に出る。2人で。
青は歩きながらでも絵を描くのだろうか。
それはそれで面白いけど。
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