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はぁ、めんどくさいなぁ。ってか俺は高校三年。受験生なんだぞ。
母親を前にして、一応は口答えを試みる。
「俺、一応受験生なんだけど」
「何言ってるの。あんたもう専門学校決まってるでしょ」
「だけど、一応年明けに大学受けるし」
「それは万が一受かってから言いなさい」
有無を言わせず絞った雑巾が手渡される。俺は無意識に受け取ってしまう。
「つべこべ言わずに、自分の部屋くらいきれいにしなさいな」
「はぁい」
自室に戻る。そして窓を開け、窓枠に腰をかける。
「さっさと済ませて、写真撮りに行くか」
開け放した窓から師走の冷たい風が吹き込んだ。
思わず、自虐的な笑みがふっとこぼれる。写真を撮っている時には暑さも寒さも感じなくなるのに、年末の大掃除で開けた窓から吹き込む風には身を縮めてしまう。
まずは窓の外側から。俺は右半身を窓の外に出して拭き始めた。
しばらく経った頃、勉強机の上に置いていたスマホが振動した。LINEの受信を伝える着信音だ。
「まーた悠也がふざけて送ってきてるのかな……」
悠也とは、三年になって初めて同じクラスになった友達・片瀬悠也だ。入学したての頃は素行がよくないという噂を耳にして、同じクラスではないのに勝手に恐れていた。だが、今年初めて同じクラスになってみるとそんな感じは全くなく、俺のような者とも仲良くしてくれ、何なら恋愛のキューピッドになってもらったほどだ。
悠也にどう返信してやろうか、あいつも今頃俺みたいに家の大掃除をさせられているのかな。軽い気持ちでスマホを見やる。
「えっ」
いきなり心臓があり得ないスピードで鼓動を刻み始める。LINEの相手は悠也ではなく、恋愛相手の竜崎香織さんだったからだ。
スマホの小さな通知画面をせわしなくタップした。早く竜崎さんが送ってくれた本文が読みたい。
もどかしい思いとともにようやく開いた画面。俺は危うく気絶しそうになった。危ない、窓枠に腰をかけた俺の右半身はいまだ窓の外だ。それも二階。右に倒れるときっと打撲だけでは済まない。
俺は左手にスマホを持ち、右手で窓をつかみながら慎重に本文を読んだ。持っていた雑巾は窓枠に置いた。
『もしも増井くんに時間があったらでいいんだけど、これから会えないかと思って』
時間ならあります。ってか俺の時間は全て竜崎さんを思うために存在しています。……って、さっき真っ先に悠也のことが思い浮かんだのは内緒だが。
「竜崎さん……」
すぐさま返信した。
「俺も会いたい! 今からダッシュで向かう!」
竜崎さんからの返事を待つのももどかしく、俺は腰をかけていた窓枠から飛び降りた。そして着ている部屋着のスウェット上下を脱ぎ捨て、パーカーとジーンズに着替えた。
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