ヴァージンママは夫と恋をしたい

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ヴァージンママは夫と恋をしたい

 ハイスペックエリートイケメンは私の夫。  5歳上の夫と結婚して元気な子供がいてお金に困らない生活――。他人から見たら、きっと羨ましいと言うだろう。  でも、本当に私たちの結婚の内情を知ったら、誰も羨ましいなんて思わないんじゃないかな。  私たちは、親同士が決めた結婚。それは、納得の上で入籍しているけれど、ナシ婚なんだ。  恋愛もときめきも性交渉もないまま今に至る。  夫は結婚前から私に対する興味がない。他に好きな人がいるわけでもなさそうだ。  浮気をしているわけでもない。模範的で真面目な夫は仕事と自分のことだけの人。  独身時代と何ら変わらない生活をしている。  でも、子供がいるから、経験はあるんでしょ、と思われると思うけれど――。それは違う。  最初から人工授精を希望した夫とは、手をつないだこともないし、キスもない。  自称ヴァージンママ。処女母だ。  愛情がないとか冷めているというよりは、最初から夫はそういう人だ。  そう思って接してきた。あくまでいい妻というポジションで。  一度も私たちの体感温度は温かくなったことがないので、冷めているというより、常温なのだろう。  そして、夫はそれが普通の結婚生活だと思い、満足している。  一度くらい手をつないでデートをしたり、偶然触れ合った瞬間に胸キュンくらいしてみたいのに――。  それは多分この先もないだろう。寝室も結婚する前から別のほうがよく眠れるからという理由で別室だ。  それに、夫は深夜一人でどこかに出かけることもある。もしかして浮気だろうか? しかし、すぐ帰宅するので、女と行為をしている時間はないようにも思える。そして、極めつけは、掃除している時に最近気づいたカメラのようなもの。これは、防犯カメラ? それとも監視カメラだろうか。監視されているのだろうか? 怖くて聞けないことばかりだった。  誰から見ても物腰が優しく穏やかで、洗濯物は積極的にやる。家事をやってくれるというか、自分のものは自分で洗いたいらしい。  潔癖主義で体臭、口臭ゼロのアイドルが目の前にずっといる状態。  23歳で結婚をした私は、人工授精ですぐに女の子を授かった。そして、出産、育児、家事をするだけで精いっぱいの日々。  お互いの実家は裕福だし、夫は高収入。この先私が仕事をする必要もないだろう。  母としてだけで一生が過ぎるの?   妻として愛されてみたい。  子供は一人で充分だと考えている夫は、もちろん何も求めてこない。  本当にこのままでいいの? 最近私は自問自答する。  3歳になる娘がこの春幼稚園に通うようになった。土曜日と日曜日は一日英語で生活するという教室に通わせている。  久々に二人きりの時間ができた。ずっと母であった私が少しだけ母ではない時間が持てる。  私はまだ27歳。まだまだ女盛りだ。欲求不満だというのも事実だ。  顔だけはいい夫は休日は基本仕事をしている事も多い。パソコンに向かって作業をしているか、読書をしているか、テレビで映画を見ているか。  会社の社長の息子であり、仕事ができる夫は仕事が生きがいなのかもしれない。  でも、彼が心から笑った顔も心から怒った顔も私は見たことがない。  彼はドラマの中の人のようで、素性を明かさない。  例えば、ほとんどトイレに行かない。たまにトイレに行ったとしても、1分以内で済ます。一度も自宅で小以外はしていないと思う。  少女漫画にでてくる排泄をしないイケメンそのものだ。  彼は完璧にかっこいい人間を演じているのだろうか。  もしかして、人間じゃないのかもしれない。  彼の本音が全く見えない。  これがテレビの中の俳優ならば鑑賞する見た目としては充分目の保養となるが、夫婦であり結婚生活のパートナーとしては鑑賞するだけでいいという訳もなく――。毎日自由だけれど、決まった日常の中で、私は愛を求めていた。  一生に一度くらい恋愛だってしてみたい。 「なぜ、私と結婚したの?」 「健康診断書を何人か分みせてもらい、一番健康な君を選んだ。やはり健康は一番だからな」  表情は変わらず、夫は真面目な顔で答える。せめて、見た目がかわいいからと言ってもらえたらどんなにうれしいか。  イケメンのダメな姿とかギャップ萌えを味わうことなく日常が過ぎる。   「私と結婚したのは親に無理矢理言われて?」 「結婚して子供を持つことは当然だと教育されていた。俺の両親も毎日を淡々と送っていた。結婚は生活だから、母は忙しそうだった。医学的理論に従って子供を作ることは理にかなっているだろう。時間的な無駄がない」  正論だと眉一つ動かさない夫を見てため息が出る。  無駄がない。たしかに、時間は大切だし限りがある。  でも、その無駄な時間に癒しやときめきがあるはずだ。 「育児や家事は大変だ。だから、子供は一人でいいだろう。これも理にかなっているだろう」  今まで、周囲の言いなりだった私が、重い口を開いたのは自分自身意外だった。  自己主張をするなんて、今までほとんどなかったから。  結婚だって出産だって――妻になることも母になることも言われるがまま。  でも、一度くらいクールと言うと聞こえがいいけれど、感情のない夫の感情を垣間見てみたい。そして、恋愛してみたい。 「自宅にある監視カメラは一体どういうこと?」  その台詞に驚く夫は開いた口がふさがらないようだった。  というのも一見カメラには全く見えない形で、とても小さいから、カメラなのかどうかもわからなかった。  でも、気づいたとしたら夫が別の場所に移動するかもしれないと思い、言わないでいたのだった。 「そんなものはない。というかどこにそんな物騒なものがあるんだ?」 「監視カメラのことを親友達、職場の人に言っちゃうけど、それでもいい? 証拠はちゃんとあるんだから」 「すまない。それだけは勘弁してくれ!! 何でも要求を呑むから」  珍しく慌てている。 「じゃあ、要求を言うね。今から、私とイチから恋愛しなさい」
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