とんでもないスタート

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「もしも……」 『おぉお、愛しのマイダーリン、声聞きたかったー!』 「……良かった、無事にそっちに着いたんだ?」 まずは彼女の引っ越しを労う。 長距離移動に慣れない環境、疲れているだろう。 『無事だけど無事じゃないよー! 不足で干からびるかと思ったよー』 声を聞く限りは元気だから、まあ大丈夫なのだろう。 「もう片付いたのか?」 『はっはっはっ、片付け真っ最中でさぁダンナ。 父さんがめっさ睨んでくるー。 きゃー怖ーいって感じ』 どうやらダラダラとは話せないようだ。 早めに切り上げなければ。 「メールでも、電話でも。 いつだって連絡くれよな。 そっちも大変だろうけど、頑張り屋なお前だから大丈夫だろ」 珍しく、返事に間が空いた。 あれ、と思って彼女に声をかける。 「あゆ?」 『……くっはあぁ……望郷の念にかられたうえに胸ズキュンきた……! さらにそこで名前呼びとか! くうぅ卑怯なり!』 えぇと、こちらに一体どうしろというのだ。 『ありがと、元気をMAXチャージ出来たよ! ……また明日ね、』 「……ぉぅ」 電話は彼女のほうが切った。 俺は、いつもの待ち受け画面に変わったスマホを持ったまま、しばし呆けてしまった。 ……か、彼女の名前呼びの威力が半端なさすぎる……! 常が呼びたいように呼ばれているだけに、いざ呼ばれるとその破壊力は段違いだ。 勢いでRINEを送ろうかとも思ったが、彼女は『また明日』と言った。 引っ越しの片付けなどもあるだろうから、やいやいと送り付けるのも鬱陶しく思われるかもしれない。 就寝前に『おやすみ』のスタンプだけ送っておいた。 その後眠るまでの間に既読は付かなかったから、やはりバタバタしているのだろう。 朝、起きてRINEを開けば、彼女愛用のうさぎさんスタンプ『おっはよー』『今日もがんばろぉ』が送られてきていた。 これから、こうやって遠距離でやりとりするんだな。 そう思うと今更ながらに改めて胸が痛くなった。 『長々し夜を ひとりかも寝む』なんて歌が頭を過ぎったのは、きっと昨日の弟のせいだろう。
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