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お土産はいつも
夫はいつも出張のお土産に変なプリントのTシャツやトレーナーなどをペアルックで買ってくる。
昨日もアメリカから帰ってきて得意げに取り出してきたのは、『I love ハンバーガー』と書かれたTシャツだった。
毎度お馴染みのように、「なんでこれを買ってきたの?」と呆れて聞くと、「面白かったから」と少年のような笑顔で答えられた。
確かに、なぜハンバーガーだけ日本語なのかも謎だし、妙にポップに描かれたハンバーガーのキャラクターもアメリカっぽくて、面白いといえば面白い。
「今日からこれを着て寝ようよ。」と夫はワクワクして着替えだした。
また始まった。
夫はいつも面白Tシャツなどを買ってきては、二人でパジャマ代わりにしてきて寝ようと言う。
これを着て出かけようと言われるよりはマシなので、言われるがままに着て寝るが、「やっぱりいつものパジャマの方が着心地がいいね。」と言って、たいてい2、3日で着なくなる。
そんなこんなで、今までに買ってきたお土産はクローゼットに所狭しとかけられている。
一度、もう買ってこないでと言ったことがある。着ない服が溜まる一方だし、どうせ買ってきてくれるなら、マグネットとかポストカードとかそういうのが良いと言った。
そしたら、夫は「そっか・・。」見るからに落ち込んだ顔をしたので、えっそんなに落ち込むの?と面食らってしまった。
夫はよほど面白Tシャツなどを買って帰るのが楽しみなのか?
ただ、買ってこなくなればそれに越したことはないと思い、それ以上何も言わなかったが。
パリに出張に行くという時、つい、出かける寸前に、「買ってきたければ買ってきてもいいよ。」と言ったら、
「えっ!本当に?」と明らかに顔が明るくなった。
「うん。」とうなずくと、
「そっか!」ともう一度いい、
「行ってきます。」と意気揚々と出かけて行った。
その時のお土産は、こともあろうに、へなちょこなモナリザの絵と、よくわからないおじさんが「パリへようこそ」と言っているペアルックを2種類も買ってきた。
夫は、「選べなかったから。」と、また少年のような笑顔で答えた。
次の日、ハンバーガーのTシャツを着て起きると、なんだか甘いものが食べたくなった。
夫はまだ寝ている。
昨日、ハンバーガー食べたいの?と何気なく聞くと、夫は顔をしかめて「死ぬほど食べたからもういらない。」と答えた。
じゃあなぜ、このTシャツを選んだのだろうか。
ふと、前に買っていたホットケーキミックスがあることを思いだした。
普段は全くと言っていいほど料理をしないが、これぐらいなら作れるだろうと思って買って、結局その日はめんどくさくなってやめた。
見ると、賞味期限はまだ切れていない。材料も単純なので、幸い家にあるもので足りそうだ。
私は腕まくりをして、「よし。」と気合を入れて作り始めた。
しばらくすると夫が起きてきた。「甘いにおいがするね。」とキッチンに来て作っているものを覗き込んだ。
「うん。」私は作るのに必死で答えている余裕がない。
「ホットケーキ?」
「うん。」
そう返事をしてひっくり返すと、真っ黒に焦げた表面がそこにあった。
「はぁ・・。」とため息をつくと。
「大丈夫。食べれるよ。ありがとうね。」
と夫は私の頭に手を置いた。
まるで慰められている子どものようだ。
真っ黒にこげたホットケーキと、はちみつと紅茶をテーブルに並べると、夫も洗面所から戻ってきて席に着いた。
「ごめんね。」と小さく謝ると、
「ちょうどコーヒーをきらしてたから、このぐらい苦みがあったほうが丁度いいよ。」
と夫は笑顔で食べた。
甘いものが食べたかった私には結構な苦みだった。
夫はほとんど怒らない。
いつも穏やかで、時々我慢しているんじゃないかと不安になる。
食べ終わったあと、散歩がてらスーパーにコーヒーを買いに行くことになった。
ハンバーガーのTシャツを脱いで、外に出てもおかしくない服装に着替えた。
外に出ると、もう日差しは夏だった。
「暑いね。」というと、「そうだね。」と言いながら、夫は私と手をつないで歩き出した。
歩きながら、特に何を話すでもなく、時々吹く風が心地いいなと思っていた。
ちらっと夫の顔を見る。夫は真っすぐ前を向いて歩いている。
ふと、私はどうしてこの人と結婚したんだろうと思った。
結婚を後悔しているわけではなく、単純な疑問として頭に浮かんだ。
夫と以前シェフとして働いていた。
数年前まで自分の店を持ち、それなりに繁盛していたが、副料理長に店をゆずり、自分はいわゆるプロデューサー業と新人の育成に力を入れるようになった。
主に地方や海外フードの輸入など、食文化を広げる活動をしている。
「どうして料理を作らなくなったの?」
と聞くと、
「作らなくなったわけじゃないよ。店でなくても料理はどこでも作れるし。それよりも視野が狭くなってしまうことが怖くなったんだ。」
と静かに答えた。
実際に夫の料理の腕は一流で、カレーを作ってくれた時は美味しすぎて言葉が出なかった。
あんな経験は初めてだ。
それほど料理の腕を極めたのにもったいないと思うが、夫がまだ店で料理長を務めていた時、一度だけ夫の忘れ物を届けに開店前の店に行ったことがある。
その時見た夫の顔は見たことないほど険しい物だった。
私は声をかけられず、フロアの支度をしていた店員さんに渡してもらうように頼んで帰った。
その時に比べると、家でカレーを作っているときの顔はとても楽しそうだった。
きっと、夫なりに思うことがあっての決断だったのだろうと思い、深堀はしなかった。
対して私は、どこにでもいる 中小企業に勤めるOLだ。そんな私がどうして夫と出会ったのかうまく思いだせない。
それぐらい自然と当たり前のように私たちは出会い、付き合い始めた。
そして、私から結婚したいと言った。
ちょうど夫が店をやめて、新しい仕事を始めたぐらいの時だ。
しかし夫は、頻繁に海外や地方に行くことになるし寂しい思いをさせてしまうことになるだろうからと、渋った。
それでもいいと私は言った。正直そんな事と、軽く考えていた節があった。
しかし、正直なところ、一年の半分ぐらいは離れて過ごしているんじゃないかという気持ちになっている。
実際は二か月の間に3日から一週間程度出張に行く程度なのだが、お互い仕事があって昼間は一緒にいるわけではないし、休みが合わないこともあるし、そのうえ出張もあるとなると、一緒にいられる時間がとても短く感じられるのだ。
私はもう一度夫の顔を見た。けれど私は、一度だって結婚したことを後悔していない。
この人の隣を歩くのは私がいい。
私は、夫の腕に顔をうずめた。「どうしたの?」と夫は驚いた様子で尋ねた。
「眠いの?」
私は小さく首を振った。
「お腹痛いの?」
私は大きく首を振った。
私は、夫のにおいを嗅いだ。
「そっか、よかった。」と夫は優しく言って、私の頭に手を置いた。
さびしいなんて言えない。
言いたいけど、言えない。
飛行機がいつ落ちるかわからないし、海外だって何が起こるかわからない。
けど、行かないでなんて言えない。
言いたいけど、言えない。
私はこの人の妻だから。
「今日のお昼ハンバーガーが食べたい。」私は腕に顔をうずめたまま言った。
「ええ・・・。」と夫のあからさまに嫌そうな声が聞こえる。
私は腕から顔を上げた。
「まぁ、いいけどさぁ。」と渋々答える。
少しして、「Tシャツ、『I love コーラ』の方にすればよかった。」と夫が言うと、私は声を出して笑った。
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