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それでもまだ、現実
「お前ももう少し可愛げがあれば、もっと客つくのになぁ」
ヴィクトル・ディケンズはひとしきりの説教の後、濃い紫煙と一緒にそう吐き出した。
彼と交わるのも十数度目の私は、行為後の彼が葉巻をふかしながら説教をするのはとっくに知っていた。この無意味な説教の後は気が済むまで舐めさせられることも分かっている。
ランプは体毛の濃い彼の上半身は四十半ば相応の、腹周りにだけ肉のついた彼の体を照らしている。昼の顔はそこそこ成功した商人だと聞いている。妻子と、愛人が二人。説教の合間の自慢話でそう言っていた。
「マキア、お前のために言ってやってんだぞ」
「ありがとうございます」と私は笑った。面倒だろうとディケンズの指名は大事だ。指名の数が控室での私のヒエラルキーを決める。多ければ店やルカからも大事にされ、無ければ蔑ろにされる。
「そうそう、それだよ。仮面みたいに張り付いたその笑顔。そのせいでお前は客がつかない。化粧なんて源氏名にされちまう」
どうやって笑えというのだ。十でこの娼館に売り払われてから早五年。寝た男の数でしか争えない売女の一人となった私に、なにを、笑えと。
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