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初めて大学病院を訪れたのは、十二月の初旬のことだった。まだ薄手のコートでも街中を歩く事ができた時期だ。私は住んでいる田舎町から一時間ほど電車に揺られた。駅に降り立ち、徒歩で十分ほど。超高層になっている大学病院に臆しながらも入って行った。当時は新型コロナウイルスの脅威が強まっていて、手をかざすだけで消毒液が出てくる装置が多数設置されていた。
初診の場合は午前中に診察がある。受付前は朝から多くの人でごった返していて、ベンチに座り切れないほどだった。人の多さに辟易しながら受付を済ませると、エスカレーターに乗って耳鼻科に向かう。それにしても、人が多い。老若男女がひしめき合っている。何を医者に頼ることがあるのだろうと思っていたが、自分もそうであることに考えが及ぶと群衆に紛れられると思えるようになった。
午前中だと思っていた診察は昼過ぎまで伸びた。「早朝から来ているのに」などと、勝手に腐れ始めた頃(時刻にして十二時くらい)に呼び出しを受ける。と言っても、これは中待合室に行くというだけの話で、ここからの待ち時間が長く感じられる。時間としては十五分弱のことではあったのだが、緊張のせいか何時間でも待っているかのようだった。周囲を見渡すと、子どもから高齢者まで年齢層は幅広い。
呼び出しはマイクを通していた。やっとの思いで、診察室へ向かう。部屋に入ると、目の前には歳若の医師の姿。
「研修医上がりかな?」と勘繰りながら、椅子に座る。そこでは日常の様子などを聞かれた。その度に、ひとつひとつ言葉を選びながら答えるのだが、医者はスラスラとメモをしていく。質問を全て終えると歳若の医師は、
「これから検査があります。簡単な検査ですが、準備に時間がかかると思うので、食事を先に済ませてくださいね」
と言った。
検査は一時からだと言われたので、大学病院の上層階にあるレストランで腹こしらえをすることにした。エレベーターに乗り、八階のボタンを押す。病院のあたりは繁華街であり、高層ビルが見えるかと思ったが、エレベーターからは見えない。レストランからなら景色が見えるだろうと思った。
レストランは床屋と同じ並びにあった。外観だけ見てみると、レストランというよりかは、食堂の方がイメージに合う気がする。入ると、何席かは埋まっていて、一人席が一、二席空いているだけだった。やはり、昼食時は混むのか。空いている席に座るように促され、適当な席に座る。メニューはやたら多くて、セットもあった。迷って選んだのは親子丼だ。料理が来るのを待つ間、窓を探す。しかし、見つけた窓からは衝立のようなものに遮られて、外の高層ビル群を見ることは叶わなかった。がっかりしていると、親子丼が配膳された。診察までの待ち時間に比べれば、何のことはない時間だったが、高層ビルが見られないことにがっかりしながら、あっという間に平らげた。
検査を受ける時間が近づいてくると、受付の前の席を陣取る。呼び出されてもすぐに診察室に行けるようにだ。一時から十分ほど経ってから、検査のために呼び出された。検査といえば、町医者で行ったのと同じような聴力検査だった。聴力検査の後、再び診察室に呼び出され、次回の検査が春先になること、心理検査が必要なこと、発達障害の検査を同時並行で行うことを告げられた。それらを聞いただけで疲労が倍増した。張り切って受けた検査は何だったのだろうか? 診察代を支払い終えると、外は夕暮れの空が広がっていた。時刻は五時を回ったくらいだったが、いつの間に日没が早くなったのだろうと首を捻ってしまう。
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