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梅雨真っ只中の七月前半、外は雨が降っていた。この雨は涙雨かとも思ったが、やはり、ただの梅雨末期の大雨だろうと冷めた目を自分に向けた。今はそんなことを思っている暇はない。もしAPDだと分かったら、どうなるだろうと思っていた。自分でけりをつけられるだろうか。新しい一歩を踏み出せるだろうか。
この日は午後から電車で最寄りの駅まで向かい、そこからは歩いて大学病院へ通った。途中に円形の歩道橋がある。そこからは交通量の多い大通りや南の方角へ走る路面電車が停車しているのが見える。しばらく見ることはないのだから、しっかりと目に焼き付けておきたかった。しかし、人混みを掻き分けて立ち止まる勇気はなく、そのまま通り過ぎていく。雨は上がっていて、降った痕跡としての水溜りは道路の端に見受けられた。
大学病院の自動受付機にも慣れたもので、スムーズに手続きを行う。そこからエスカレーターに乗って二階へ上がっていく。外来の前のベンチはまばらに患者が座っていて、いつもより少ない印象を与える。午後というのもあるのかもしれない。しかし、田舎の病院に比べたら多いような気がして、落ち着かない。そのままの状況でまたしても一時間近く待たされることになってしまった。暇つぶしにスマホを触ってみても、十分ほどで飽きてしまう。こんな時に限って、本も持っていない。眠気が襲ってきそうになる頃に、呼び出しがあった。
待合室で待つ時間も長く感じられた。そうしているうちに徐々に緊張の度合が増してきた。体が熱を帯びてきたようであった。沸点に達するかという具合で、診察室から呼び出しがあった。
その瞬間はあっさり訪れた。
「あなたは軽度のAPDと思われます」
そう告げられた時の私の顔は耳鼻科の医師から見てどういう風に見えたのだろうか? 医師が慎重な物言いに徹していたのに対して、不謹慎かもしれないが、喜びに似た感情を抱いていた。
医師は付け足すかのように、
「あなたはあなたが思うより、よく聞こえていますよ」
とも話した。それはそうだろうと感じていた。自分では聞こえているんだから。世の中の人はAPDですって告知されたら、どういうリアクションを見せるのだろうか? 恐怖に慄いてしまうだろうか? 戸惑って怒り出すだろうか? 私みたいに安堵する人はどの程度いるだろうか? いずれにしろ、私がAPDであることは確定した。もう考えなくてもいいのかもしれない。
診察室を出た私は次回の受診予約の日を告げられた。ようやく実感が湧いた気がした。これから先、長く付き合っていかねばならないことにようやく気づいた気がする。一刻の猶予もない。時は流れているのだ。
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