私はアルパカになりたい。

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「清川さん、今日、俺の家に来てくれるかな」 一時間目の授業が始まる直前、俺は清川さんに声をかける。 「アルパカの件で、見せたいものがあるんだ」 清川さんの目が少しだけ大きくなり、力強くうなずく。 「ええ、分かったわ」 アルパカの着ぐるみは、昨日の夜に出来上がった。いよいよ、今日、清川さんはアルパカになれるのだ。 放課後、俺と清川さんは帰宅の途につく。 「見せたいものって、何かしら」 隣を歩く清川さんが質問してくる。 「それは、見てからのお楽しみだよ」 「分かったわ」 少し古びたマンションの101号室、そこが俺の家だ。俺たちはリビングにあがる。そこには、白の毛で覆われた物体が置かれていた。机みたいに脚が4つあり、天板らしきものの端には大きな穴が開いている。 「これは、何かしら」 清川さんが毛むくじゃらの物体に近づき、じっと眺める。 「これは、アルパカの足だよ」 「アルパカの足?」 「そう。そして、これがアルパカの頭部だ」 俺はソファの横に置かれた物を手に取る。それは、アルパカの長い首と顔だった。 「今から清川さんには、これを身に着けてもらう」 「私が、これを身に着ける」 清川さんは、毛むくじゃらの部分を撫でていた。 このアルパカ着ぐるみは、段ボールで形を作り上げ、毛糸を付けたものだ。この毛糸については、できる限りアルパカの毛と同じ色で、できる限り同じ手触りの物を探し出し、取り寄せたのだ。 「じゃあ、早速だけど、前足の部分に入ってくれるかな」 俺が清川さんに頼むと、彼女はコクリとうなずき、穴が開いた部分に自分の両足を入れる。アルパカの足と、清川さんが合体した。その姿は、ギリシャ神話に登場するケンタウロスを彷彿とさせた。 「次はこれをかぶってくれるかな」 俺はアルパカの頭部を清川さんに手渡す。彼女は受け取った物を険しい顔で見ていたが、やがて一思いにそれをかぶる。 俺は目の前の光景にうっとりしてしまう。目の前には、アルパカがいた。いや、アルパカになった清川さんがいた。ぷっくりとした胴体と、少し不釣り合いな細めの足、そして長い首とチャーミングなお鼻、それはどう見たってアルパカだ。目の部分は、着ぐるみに穴が開けられており、そこには清川さんのつぶらな瞳がのぞいていた。 完璧だ。 自分ながら、その出来栄えの良さに、感動してしまう。清川さんの願いは、これで叶えられた。 「清川さん、アルパカになった気分はどうかな」 俺はそう言いながら、思わず顔がにやけてしまう。しかし、清川さんからは何の反応もなかった。 「清川さん、聞こえてる?」 「ええ。聞こえているわ」 アルパカさんの顔が、いや、清川さんの顔がこちらを向く。 「確かに、どこからどう見ても、私はアルパカよ」 「うん。その通りだ」 「でもね、見た目がアルパカになったとしても、心まではアルパカになれないわ」 俺は、清川さんの発言に、衝撃を受ける。心まではアルパカになれない。まさかそんなことを言われるとは予想していなかった。 「心までアルパカにならなければ、アルパカになったとは言えないわ」 寂し気に言う清川さんのその瞳が、天井を向いた。俺は、見た目さえアルパカになれれば良いだろう。そう考えていた。しかし、清川さんは違った。彼女は、心までアルパカになることを望んでいたのだ。 俺は、まさかの事態に呆然とする。そして、改めて思った。清川さん、想像以上に重症だな。
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