5人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
「清川さん、今日、俺の家に来てくれるかな」
一時間目の授業が始まる直前、俺は清川さんに声をかける。
「アルパカの件で、見せたいものがあるんだ」
清川さんの目が少しだけ大きくなり、力強くうなずく。
「ええ、分かったわ」
アルパカの着ぐるみは、昨日の夜に出来上がった。いよいよ、今日、清川さんはアルパカになれるのだ。
放課後、俺と清川さんは帰宅の途につく。
「見せたいものって、何かしら」
隣を歩く清川さんが質問してくる。
「それは、見てからのお楽しみだよ」
「分かったわ」
少し古びたマンションの101号室、そこが俺の家だ。俺たちはリビングにあがる。そこには、白の毛で覆われた物体が置かれていた。机みたいに脚が4つあり、天板らしきものの端には大きな穴が開いている。
「これは、何かしら」
清川さんが毛むくじゃらの物体に近づき、じっと眺める。
「これは、アルパカの足だよ」
「アルパカの足?」
「そう。そして、これがアルパカの頭部だ」
俺はソファの横に置かれた物を手に取る。それは、アルパカの長い首と顔だった。
「今から清川さんには、これを身に着けてもらう」
「私が、これを身に着ける」
清川さんは、毛むくじゃらの部分を撫でていた。
このアルパカ着ぐるみは、段ボールで形を作り上げ、毛糸を付けたものだ。この毛糸については、できる限りアルパカの毛と同じ色で、できる限り同じ手触りの物を探し出し、取り寄せたのだ。
「じゃあ、早速だけど、前足の部分に入ってくれるかな」
俺が清川さんに頼むと、彼女はコクリとうなずき、穴が開いた部分に自分の両足を入れる。アルパカの足と、清川さんが合体した。その姿は、ギリシャ神話に登場するケンタウロスを彷彿とさせた。
「次はこれをかぶってくれるかな」
俺はアルパカの頭部を清川さんに手渡す。彼女は受け取った物を険しい顔で見ていたが、やがて一思いにそれをかぶる。
俺は目の前の光景にうっとりしてしまう。目の前には、アルパカがいた。いや、アルパカになった清川さんがいた。ぷっくりとした胴体と、少し不釣り合いな細めの足、そして長い首とチャーミングなお鼻、それはどう見たってアルパカだ。目の部分は、着ぐるみに穴が開けられており、そこには清川さんのつぶらな瞳がのぞいていた。
完璧だ。
自分ながら、その出来栄えの良さに、感動してしまう。清川さんの願いは、これで叶えられた。
「清川さん、アルパカになった気分はどうかな」
俺はそう言いながら、思わず顔がにやけてしまう。しかし、清川さんからは何の反応もなかった。
「清川さん、聞こえてる?」
「ええ。聞こえているわ」
アルパカさんの顔が、いや、清川さんの顔がこちらを向く。
「確かに、どこからどう見ても、私はアルパカよ」
「うん。その通りだ」
「でもね、見た目がアルパカになったとしても、心まではアルパカになれないわ」
俺は、清川さんの発言に、衝撃を受ける。心まではアルパカになれない。まさかそんなことを言われるとは予想していなかった。
「心までアルパカにならなければ、アルパカになったとは言えないわ」
寂し気に言う清川さんのその瞳が、天井を向いた。俺は、見た目さえアルパカになれれば良いだろう。そう考えていた。しかし、清川さんは違った。彼女は、心までアルパカになることを望んでいたのだ。
俺は、まさかの事態に呆然とする。そして、改めて思った。清川さん、想像以上に重症だな。
最初のコメントを投稿しよう!