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先生と話していた時間分、校舎を出るのがいつもより遅れた。そのせいで、まだグラウンド横を通り抜けないうちに、サッカー部のマネージャーの三橋さんに見つかって呼び止められてしまった。
「須藤くん、」
彼女はボールの入った大きなカゴを倉庫からずるずると引っ張ってきたところだった。今日も出ないで帰るの?とその目は訴えていた。僕が出した退部届がまだ先生の手元に止まっていることを部員達は知らない。
「ねえ、家の手伝いってそんなに毎日あるのかしら?来られる日だけでもいいから、少しは出てきてくれないかな?」
「ごめん。いま部の人数が少なくなって大変だって事は重々わかってるよ」
ちなみに僕の家は酒店を営んでいる。でも差し当たって手伝いが必要だということはない。ようするに僕は嘘をついていた。
三橋さんと話している間にも『わっせ、わっせ、』という掛け声がだんだん近付いてきて、他の部員達が来てしまった。彼らは重いサッカーゴールを校庭の隅から担いで運んで来たところだ。理由はグラウンドの半面を野球部と一日交替で使っているからだった。
集団の先頭にいた一人が彼女に言った。
「いいよ三橋、あんまり言うな」
「丸山くん」
サッカー部のキャプテン、丸山は僕の方に向き直って言った。
「須藤、おまえが気分上がらないのも無理ないと思うよ。いや、皆も同じ気持だ。いなくなった奴らを思い出して悲しくなったり、思うように練習できないフラストレーションに打ちのめされたり・・・。でも今がそういう時だからこそ、皆で心を一つにして頑張らなきゃならないんじゃないか?」
だから、いつでも歓迎するから、戻りたくなった時にはいつでも戻って来い、そう言って丸山と部員たちは歩き去っていった。その中の何人かは反感のこもった視線を僕に投げかけながら。
「須藤くん、毎日だらだら過ごしていたら本当に駄目になっちゃうよ?」
三橋さんだけがなおもその場に残り、また言った。
「じゃあサッカーさえしていればそれでいいの?」
別に彼女に反論するつもりではなく、それは最近僕の心に湧いた素朴な疑問だった。
「何もしないよりはね。そんなの当たり前じゃない!」
その言葉を受け止めて、僕はまたゆっくりと歩き出した。
(なら、もし今、世界が、人生が終わってしまうとしたら?サッカーなんてしている場合なのかな?)
カンカンカン・・・!工事の音が空に響く。
歩きながら、ぼんやり防塵シートと足場に覆われた校舎を見た。去年のあの震災で甚大な被害があって、修復工事が完全に終わるまであと半年はかかるという。それまでグラウンドも工事車両や資材の置き場となるので、その半面しか授業にも部活にも使うことができないのだ。
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