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秋のつめたい風を頬にうけながら、ぼくはひとり自転車を走らせていた。鉛色の低い空のしたに霧がたちこめ、枯草でおおわれた地面のなかを、未舗装の一本道がつづいている。いくら郊外だからって、個人の敷地がなんだってこんなに広いんだ。しばらくすると、前方に古めかしい西洋風の大きな屋敷が見えてきた。とても立派な、でもなんだか不気味な家だ。ここの住人には失礼だけど、そう感じてしまった。傷んだ灰色の壁面に、うつろな目のような窓が開き、雨垂れが涙のような跡をつけている。そして屋敷のすぐそばに、黒々とした水をたたえた沼があって、そのおもてに屋敷の姿を映しているのだった。
この屋敷の住人、芦矢陸郎くんは、中学校時代の友だちだ。そだちの良さそうな美少年で、どこか浮世離れした神秘的な魅力があった。勉強はいつも一番で、芸術的才能もあって、絵や作文のコンクールですごい賞をたくさんもらっていた。おとなびていて、大勢で騒いだりするのは苦手だったみたいだけど、なぜかぼくのことは気にいってくれていたようだ。とくに取り柄のない平凡な子どもだったぼくには、それがひそかな自慢だった。
ぼくはその後、地元の公立高校に進学したけど、芦矢くんは高校には進まなかった。独学でも勉強はできるから、と彼は言った。たしかにあれほど優秀なら、学校で習うより、かえって独学の方がはかどるくらいだろう。それに彼には、平凡な高校生活よりも、ひとりで本を読んだり、芸術にうちこんでいる姿の方がしっくりくるという気もした。
卒業してからしばらくの間はメールのやりとりをしていたけど、いつしかそれも途絶え、一度も会わないまま三年が過ぎていた。でも先日、ひさしぶりに彼からメールが届いた。そこには、彼がいま病に苦しんでいて、たったひとりの親友であるぼくにどうしても会いたいという内容が、切々と綴られていた。すぐに会いにいくと返事をして、住所を教えてもらい、週末を待って彼の家を訪れた。学校では毎日いっしょだったけど、家に来るのははじめてのことだ。
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