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沼を横目に通りすぎて自転車をとめ、かごから手みやげの包みをとると、玄関前の階段をあがった。ものものしい木の扉を前に、緊張しながら呼び鈴を鳴らす。やがてゆっくりと扉が開いて、芦矢くんが姿をあらわした。記憶の中の彼は、ぼくと同じくらいの背丈の少年だったけど、目の前の彼は、ぼくを少し見おろすくらいの背丈の青年に成長していた。ひどく痩せていて、ゆったりした白いシャツにジーンズというふつうの格好なのに、退廃的な感じで、それがまた様になっていた。顔は相変わらず美しく整っていたけど、やつれて青ざめていて、心が痛んだ。
「久しぶり。よく来てくれたね」
芦矢くんは、目にかかったさらさらの前髪を長い指でかきあげながら、気だるそうな笑顔をうかべた。
「芦矢くん、ほんと、久しぶりだね。起きてて大丈夫なの?」
「寝込むほどではないんだ。さあ、あがって」
そう言うと親しげにぼくの肩を抱き、中へと招き入れた。
その瞬間、異界に足をふみ入れたかのような奇妙な感覚をおぼえた。うす暗く、しんと静まりかえった空気。古びた床板や壁紙。立派だけど、年代を感じさせる調度品の数々。この家はどこかがおかしいと、本能が告げている。
「どうかした?」
芦矢くんは、少し首をかしげてぼくの顔をのぞきこむようにして尋ねた。
「ううん、なんでもないよ」
お見舞いに来たというのに、ぼくが心配をかけてどうするんだ。きっと気のせいだと自分に言い聞かせて、違和感の正体についてはそれ以上考えないことにした。
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