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僕の住んでいる二階建てのアパートは、六畳一間にユニットバスとキッチン付きで三万円の格安物件だ。学生街にあるアパートは、苦学生にとって有難い物件が多い。
二階の西側が僕の部屋だ。今日も寝坊をした。美幸のモーニングコールが来なくなったとはいえ、目覚まし時計の音で一度は目を覚ます。でもこの日は、気づけないほど深く夢の中に入り込んでいた。
知らない少女が生きた心臓を差し出してくる奇妙な内容だった。起きてしまうと、宙へ立ち消える煙みたいにフワフワと無くなってしまう。布団から出る頃には、夢を見ていた事すら忘れてしまった。
大学まで自転車で八分だ。急げば一時限目の講義にまだ間に合う。スマートフォンを見ると、SNSにメッセージが五件あった。友人の竹中からだ。
(早く来い)
遅刻を警告する内容だった。急いで駐輪場へ駆け込み、自転車に鍵を差す。
「何だこの違和感」
僕の自転車がいつもと違って見えた。
「まじか。サドルが盗まれてる」
悪戯なのか、サドル好きなのか。なんで? と思ったけど、考えている暇は無かった。
仕方なく歩いて行く事にした。腕時計の表示は、十月二十四日、八時五〇分。
「こりゃ間に合わないな」
もう一度自転車に目を遣ると、サドルだけがない姿はなんとも間抜けに見えた。
木枯らしとまでは行かない肌寒い風が吹いている。いつもは気にも留めないのに、歩くと気付く景色があった。歩道に咲く草花や、電柱に貼ってあるチラシ。黄色い郵便ポストや、変な生き物の絵柄が彫ってあるマンホールの蓋。ん? そして、カーブミラーに映る自分と、背景に広がる違和感だらけの知らない景色。はぁ? ミラーを見上げ覗くと、映っているはずの交差点はなく、見た事のない不思議な世界があった。
「ねえ、君。そこで何してるの?」
突然背後から呼びかけられ、思わず飛び跳ねてしまった。甲高く可愛らしい声に振りむくと、群青色の瞳をした少女が檸檬色の髪を風に靡かせ立っている。少女の姿に一瞬だけ既視感を覚えた。だがそれも、すぐに消え去った。はためく髪越しに広がり見える背景は、カーブミラーに映っている異国の世界だった。
「え、ええ! えぇぇぇっ」
「うるさい‼」
背丈や顔の幼さから中学生だろうか、少女は、僕の驚き叫ぶ声に苛立ちを見せた。
「な、なんで? ここどこ? 君だれ?」
「それは私の台詞なんだけど。どうして人間がこの世界にいるのよ」
『人間が』と云う言葉に、僕の思考が止まった。
「どういう事でしょう……?」
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