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一カ月が過ぎた。
商店街を歩いていると、自転車のサドルを脇に抱えた奇妙な少女が僕に声を掛けて来た。彼女は、「これ、君の忘れ物だよね」と言って、何かを差し出した。
仕切りに掌の上の物は、僕の忘れ物だと言って押し付けてくる。終いには、その忘れ物は心臓だと云う。どうせレプリカだろう。一体なんなんだこの子は。でも、このやり取りにどこか既視感を覚えた。そして、彼女の次の言葉に、僕は妙な関心を抱いた。
「ヒビキ、思い出して。これ、ミユキの心臓だよ」
なぜこの子は僕の名前を知っている? なぜ僕の幼馴染を知っている?
「美幸とは一カ月前から会っていないんだ。冗談はよしてくれ」
「お願い、ヒビキ。思い出して、ミユキをデボンから取り返して」
デボンって何だよ。芳香剤か? 面倒事に関わりたくない思いと、なぜか引っ掛かる想いがグルグルと胸の辺りで渦を巻き始めた──でも。
「ごめん、覚えていない」
すると、彼女が心臓だと主張する、ソレの発する鼓動が僕の鼓膜をそっと揺らした。そのリズムは優しくて、可愛くて、懐かしい。何か大切な事を忘れている気がした。
「ヒビキ、これは夢なんかじゃないよ。ミユキは今も、デボンのコレクションとなって囚われているの。忘れないで! ミユキの事。私の事も……」
夢。コレクション。心臓。
トト、トン──。
(ヒビキ、私、もう駄目かも)
美幸の声が僕の頭の中を掠めた。
トト、トン。トト、トン──。
頭を殴られた様な、激しい頭痛が襲った。後頭部を押さえ蹲る。痛い。おでこが痛い。側頭部が痛い。瞼の裏でチカチカと電気が走る。
「あ、あぁ……」
美幸との思い出が止めどなく溢れ湧き上がってくる。優しい人、可愛い人、大切な人。
(大好きだよ、ヒビキ)
美幸の声が鼓膜の裏で反芻した。
「美幸。そうだ、思い出した! 生きた人形。デボンのコレクション。心臓の水槽」
僕は、頭を持ち上げチェチェを見上げた。
「まさかチェチェ、あの水槽の中から、君一人で美幸の心臓を?」
優しく微笑むチェチェは頷いた。人差し指の背で鼻を啜る。
「チェチェ! ありがとう!」
僕は思わず彼女を抱きしめた。
「ヒビキ!」
「行こう、ミロワールドへ」————。
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