「忘れ物があるわよ。」と声がした。

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「忘れ物があるわよ。」と声がした。

「忘れ物があるわよ。」 私はそんなおばあさんの声が聞こえた気がして振り向いた。 その声は、おばあちゃんの声に少し似ている気がした。 遠い場所に住んでいるから中々会えないけれど、いつも忘れ物には気を付けなさいと言ってくれた心配性のおばあちゃんが私は大好きだった。 でも、そのおばあちゃんは去年天国に行ってしまったはずだ。 そして、ここは通学路で同じ高校の生徒以外には、小学生ぐらいの子供しかいない。 「百合子ー!ちょっと待って!」 それは学校の友達の令子の声だった。 「なに?どうかしたの?」 彼女がすごく慌ててたからびっくりしてしまった。 「このスマホ、百合子のでしょう?部室に忘れていったよ。」 それは確かに私のスマホだった。 学校に忘れたまま家に帰ったら、どこに行ってしまったのか悩んでいただろう。 「ありがとう。私、昔から忘れ物が多いんだよね。」 「全く、百合子って他はしっかりしているのにね。」 そういうと、令子にはちょっと呆れたようにため息を吐かれてしまった。 そう私はどうしてか忘れ物が多い。 自分でも自覚しているのに、どうにも治らないのだ。 でも、これは本当にどうにかしなくちゃな。 令子と帰り道を歩きながら、そんなことを考えていたせいか、あっさりと不思議な声のことは忘れてしまった。 ところがである。 「忘れ物があるわよ。」 コンビニにお菓子でも買いに行こうと靴を履いた矢先に、そんな声が聞こえて私は勢いよく振り向いた。 しかし、玄関には私以外には誰もいない。 流石に怖くなってきた所で、勢いよく玄関脇にあるリビングのドアが開いた。 思わず、私は叫んでしまった。 「うるさい!なんかあったの?」 そこにいたのは私の弟だった。 「いや、別に。ちょっとホラー小説を読んだばかりで…。」 私は思わず、苦笑いを返した。 弟は根っからのリアリストで、相談したところで聞き間違いじゃないのと言われるのが落ちだろう。 「姉ちゃん、忘れ物。リビングに置きっぱなしになってたぜ。」 そういって弟が差し出してきたのは私のお財布だった。 「あ、ありがとう。」 私はそう言って受け取った。 これで2回目。 私が忘れ物をしたときに、あの声が聞こえた。 これってなんなんだろう。 ひょっとして、おばあちゃんなんだろうか。 次の日、学校の休み時間にクラスの友達にふと聞いてみた。 「ねえ、死んだ筈の人が生きている人に声を掛ける理由ってなんだろう。あ、これは死んだ人が生きてた頃、声を掛けた人と仲が良かった設定ね。」 すると、クラスメイトはちょっとびっくりした顔をした。 まあ、それはするよね。 私がごめん。変なことを言ったと謝ろうとした時に、そのクラスメイトはこう答えてくれた。 「え?その人が心配だとか?」 「それだー!」 私は思わず、大声を上げてしまってクラスの人たちの注目を浴びた。 私が、咄嗟になんでもないと言って小さく頭を下げたら、周りの視線は散っていった。 「え?ガチな話?怖いんだけど!」 クラスメイトにそんな風に言われたので、私は慌てて「冗談!全部冗談だよ!」と言った。 まあ、私の落とし物をする癖の所為で、天国に行ける筈だったおばあちゃんに心配を掛けているのはダメだろう。 仕方がないからもう一生このままだと諦めていた自分の落とし物をする癖を徹底的に治す努力をすることにした。 そもそも余計なものを置き忘れないようにしたりとか、大事なものは一人の場所にまとめて持っておくとか、場所を移動する前に忘れ物がないかチェックする等。 そのお陰か、しばらくの間、私は忘れ物をしなくて済むようになった。 それで、すっかり油断していた頃にその事件は起こったのだった。
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