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おばあちゃんの手
「忘れ物があるわよ。」
3回目にその声を聞いたのは冬の季節の夕方だった。
私はその声をきっかけに学校に、勉強しようと思っていた科目の教科書を忘れてしまったことに気が付いた。
もうテストも近い。これは戻った方がいいだろう。
そうして踵を返そうとすると、腕にはっきりとした人の感触がした。
「今日はもう帰りなさい。それから、もう聞こえる声は無視しなきゃダメよ。」
それは紛れもないおばあちゃんの声だった。
あんまり懐かしくて不思議と怖いとは思わなかった。
そして、私は彼女の言葉に逆らおうという気持ちになれずに、そのまま家に歩いて帰ることにしたのだった。
そうして自分の家の部屋に辿り着くと、勉強する気にもなれずにぼうっとしていた。よく思い返してみれば、あの忘れ物があるという声はおばあちゃんの声に全然似ていなかった。
それなのに、どうして似ているだなんで思ったんだろう?
その時、スマホの着信音が鳴った。
「百合子!よかった。無事だったんだね。」
「令子?うん。今、家でぼんやりしていた所。」
電話は令子からだった。
もうテストも近いし、暫く電話はするのはやめるって言っていたのに、なにかあったんだろうか。
「あのね。ちょっと前に百合子が使っている通学路にある、ほら、あの電車の踏切台の近くにある電柱が倒れたんだって。それでうちの生徒も軽くケガをしたって聞いたから、もしかしてと思って…。」
でも、勘違いだったならよかったー!
そう続けた令子の声に「うん。大丈夫だよ。運が良かったのかも。」と返事をしながら、私の背筋には冷たいものが走った。
だって、あのまま家に帰らずに学校に戻っていたら、その電柱が倒れる事故に巻き込まれていたかもしれないからだ。
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