星空とコーヒー

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ブラックが苦手なぼくは、砂糖とミルクを入れてスプーンでかきまぜる。漆黒の液体に、白い渦が溶けてひろがっていく。 天窓を見あげると、オリオン座のリゲルが見えた。はるか遠くに、でもたしかに今見えている星の光が、じつは何百年も昔の輝きだということが、小さいころはどうしても理解できなかった。もっと知りたくて、近づきたくて、ずっと星空に憧れつづけてきた。 博士に視線をもどすと、こちらをじっと見つめていた。 「カズオミ、きみは本当に美しい。美しいものに惹かれる気持ちは、それこそ太古の昔から、ずっと変わらない」 そう言いながら手をのばし、テーブルの上に置かれたぼくの左手に重ねようとする。ぼくはその手をかわしながらぴしゃりと言い放った。 「博士! コーヒーが冷めますよ」 こういうところさえなければ、尊敬できる人なんだけどな。四十歳、独身。すっと鼻筋のとおった顔立ちは、黙っていればかなりのハンサムだし、物腰も優雅な人だ。若い女性スタッフたちから絶大な人気を得ているけど、博士は彼女たちに対しては、紳士的な距離感を保っている。なぜか一回りも年下の、男であるぼくにだけこういうちょっかいをかけてくるのだ。いまいち真意の読めない人だから、冗談なのか本気なのかもよくわからない。こういうときは、すげなくかわせばそれ以上は迫ってこない。始めこそとまどったものの、今ではあしらいも板についてきた。 「きみは相変わらずつれないねえ。まあ、そういう真面目なところもいいんだが」 博士が肩をすくめながら手を戻したそのとき、警報が鳴り響いた。 「システム障害が発生しました。至急確認してください」 「やれやれ、せっかくくつろいでいるところなのに」 博士は急にきびしい顔つきになって立ちあがり、コントロールルームへと向かう。助手であるぼくも、あわててその後を追った。いったい何事だろうか。スタッフの安全に関わるようなことでなければいいんだけど。心臓が、普段の倍くらいの速さで動いているようだった。
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