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エリック様の書斎は、息が白くなるほど寒かった。窓の外の空はどんよりと灰色にくもり、裸の庭木が風でゆれている。
「暖炉に火が入ってないじゃありませんか。ナンシーは何をやってるんだ」
十二月のロンドンで暖房をつけないなんて、正気の沙汰ではない。エリック様は、厚手の外套を羽織って机に向かわれていた。袖口から出ているほっそりした手は青白く、いかにも冷たそうだ。
「ナンシーは悪くないんだ。ぼくの指示だよ」
「どういうことです?」
「町では薪が不足しているそうだから、切りつめないとね。この部屋はどうせぼくしか使わないし」
そのようなことだろうと思った。エリック様は、貧困という世の闇を、絶えず見つめていらっしゃる。薪や石炭は不足しがちで、貧しい人たちにまで行きわたらないことが多いため、こうやって節約しようとなさったり、家財を売って寄付金にまわそうとなさったり。さらには、救貧院や孤児の引きとり手の視察などに毎日いそがしく、この家やご領地のことは、執事であるおれにまかせっきりで、ご自分のことにもまるで無関心だ。
「ご立派ですが、限度というものがあります。お風邪でもひかれては私が困ります」
「これくらい、平気だよ。ジェームスは心配性だな」
「エリック様が無茶をなさるからです。それにそのお靴ですが……」
おれはエリック様の足元に目を落とした。甲の部分にしわがよって、革にひびが入っている。
「前々から申し上げていますが、いいかげんに新調なさってください」
「まだ十分履けるのに、もったいないだろう?」
「いけません。エリック様はハミルトン家のご当主として、もっと自覚を持っていただかないと」
つい口調がきつくなる。
「わかった、わかった。きみの言うとおりにするよ」
まるでおれのわがままをしかたなく聞いてやるというように、苦笑しながらおっしゃる。エリック様はいつもこんな調子だ。
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