特別な1日

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 朝起きて、朝食を摂り、身仕度をして、仕事場へと向かう。一日粛々と勤め上げて、仕事場から戻ると、夕食である。それから、日によって風呂に浸かることもあるが、あとは就寝まで、ほんの僅かな自由時間だ。  何の変化もない毎日が、今日も繰り返しやってくる。そんな彼にとって、1年に一度、特別な日があった。  交際相手との再会だ。“織姫と彦星じゃあ、あるまいし!”、そんな失笑が聞こえてきそうだが、事実なのだからしょうがない。  もっとも、“再会”したといっても、相手の手を握ることはできない。抱擁することもできない。ましてや言葉を交わすことなどもってのほかだ。ふたりの間には数メートルもの隔たりがある。  彼の名前は、赤井川(あかいがわ)卓也(たくや)、38歳。殺人罪で懲役10年の判決を受けて、現在服役中の身である。  交際相手は、香川(かがわ)宏子(ひろこ)、36歳。かつては、“歌姫”と呼ばれ、時代を代表する歌手のひとりであった。しかし、交際中の“彼”が犯罪者となったことで、社会的な連帯責任を余儀なくされ活動を自粛、完全に“過去の人”となってしまっていた。
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