社長、あなたは私のなんですか?

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桐山亮太郎は、桐山琥珀の父親だ。 性格もルックスも大体社長に似てる。 いや、社長が父親に似ているのか? どちらでもいいが、とにかく2人はれっきとした親子であり、それぞれが自分の会社を持っていて業績も良く、いわゆる成功者なのであった。 「……っていうか、私あの親父マジで苦手…」 桐山が帰ってから、私はリビングにぐだっと寝そべるように倒れこんだ。 玄関から戻ってきた母親が、凜々花、スーツヨレるわよ、と言って私の隣にしゃがみこむ。 「お母さん…。お母さんは、あの人のこと好きなの?あの人は、お母さんがすごく好きみたいだけど」 「…ん、……亮太郎さんは、大学の先輩で…当時から良くしてもらってたから…」 「でもーーお母さんはお父さんと結婚したんでしょ?あの人と付き合ってたわけじゃないんだよね」 「そうね、でも……」 「あの人、お母さんと再婚するつもりなんでしょ」 「………」 母親は、桐山亮太郎との過去をなかなか話してくれなかった。 ……初めて桐山と会ったとき、桐山は、私の母親と父親と同じ大学に通っていた仲だと教えてくれた。そして実は母親に一目惚れしていたんだとも。 でも、それってもう20年以上前の話だよね?それで突然、その一目惚れした相手の娘が連絡してきて普通、こんなことまでしてくれるかな。 私が消化不良の顔をしていると、母親は少し困ったような顔で、ほらスーツ貸して、と言った。 私は、そのままジャケットだけ脱いで渡すと、まだ酔いが残っているのか、ズキズキと再び痛みだした頭を抱えながら目を閉じた。 ーーー突然だった。母親が倒れたのは。 半年ほど前に病気が見つかり緊急入院することになったあの日、私はバイト先から急いで病院に向かった。 幸い手術と術後のリハビリと投薬をすることで最悪な事態は免れたが、リハビリは週に複数回、投薬は一生というハンデを追うことになった。 母親が生きていてくれるなら、なんでもしてもらっていい。 私は必死だった。 もともと母子家庭で、父親は私が幼い頃亡くなっている。 とっくに二十歳を越えた娘だったが、母親の病気がわかるまでの私は、それはもう緩すぎる生活をしていた。 家計のことも、家庭のことも、ほとんど母親に任せきり。 バイトはふたつかけもちしてたけど、フルタイムでもなく、自分のおこづかい稼ぎをする程度。 高校生の頃からいわゆるギャルだったので、美容系の専門学校を卒業してからも特に正社員になるわけでもなく、好きなバイトをして好きな仲間と過ごしてきた。 今、思い返すと、ほんとどうしようもない。 お酒も飲むし、タバコも吸うし、適当に男とも付き合った。あんまり長続きした記憶はないけれど。 もちろんまともに就職したこともなく、貯金もなかった。 母親が倒れるなんて、普通想像しないでしょ? 私はどうしようもなくバカで、愚かで、世間知らずだった。 うちに、母親に、どれだけのお金があるかも、母親がなんの保険に入っているのかも、なにもわからない。 なにかを知ろうとも考えない間に、母親はある日突然倒れ、病気が見つかり、入院した。 ーーー絶望、とはこのことかと、頭が真っ白になったことを昨日のことのように覚えている。 入院代、手術代、病院までの交通費、通院費用、高額な薬代……… それに加えて生活費全般、家賃などの固定費、上げだしたらキリがなく、生きていくために必要なお金がいることをこのとき初めて当事者目線で自覚した。 母親が満足に働けなくなった今、私がなんとかするしかない。 でも、なにからどうすればいいのかわからない。 私が頭を抱え始めていた頃、病院から母親の容態が安定してきたとの連絡があった。 急いで病院にいくと、目覚めた母親が涙を流しながら私に謝った。 病気になってごめん、一生投薬とかしないといけなくなって面倒かけることになってしまってごめん。 辛いのは、病気になったお母さんでしょ、って、私が言ったら、母親は少しして、私に一枚のメモを差し出した。 母親は、一言、その人に連絡してみてほしいと私に言った。 そこに書かれていた名前がーーー『桐山亮太郎』だった。 「凜々花、起きて」 「…あ、お母さん……」 「あなた、大丈夫?…そのまま寝ちゃったのよ、覚えてる?」 私はだるい身体を起こすと、ブランケットがかけられた状態をみて、数秒して把握した。 ーーー最悪。桐山亮太郎と出会ったころの夢を見ていたんだ。 「悪いけどお母さん、これからリハビリの予約取ってあるの。もう行くわね。お昼ごはん、冷蔵庫に余り物あるから良かったら食べて」 「あぁ……うん。ごめん、ありがと…」 母親は私にそう残して玄関を出ていった。 ひとりになった部屋の中で、一度深呼吸する。 「あー、一回シャワー浴びたい……」 これまでのことを考えれば考えるほどドツボにはまりそうなので、やめた。 桐山亮太郎が母親のことをまた好きになったことも、きっと金持ちの気まぐれだ。 そして、その息子である琥珀に関するある"条件"を出されーー私が社長秘書になったことも。いや、ならざる以外道がなかったことも。 私はタバコを吸いたいのを我慢して、浴室に向かう。 仕事のためもあるがなにより母親のため、害のあるものは断とうと決めた。 「あー、あの息子、どうやって落とすか考えなきゃ……」 私は、服を脱ぎながら考える。 ーー桐山琥珀。私の上司兼社長。 なにもかも完璧に見える彼には、ひとつだけ秘密があった。
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