えがく

1/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

えがく

 絵筆をサッと横に引く。その下に細かな水色の線を引く。画用紙に描くのは湖の絵。夏休みに家族で行った場所。ただの学校の課題だけど、絵を描いているときが一番落ち着く。先に待っている避けられない嫌なことも一瞬忘れられる。 「あーあ。できちゃった」  自分でも悪くない出来と思う。この時間が終わって欲しくなかったのに。 「謙介、絵の課題できたの?」  登校時、僕が丸めた画用紙を持っているのを見て寿(ひさし)が声をかけてきた。 「できたよ」  僕のその声に太一と裕二も集まってくる。 「マジ? マジで? 見せて見せて!」  小学校に入ってから絵画のコンクールは毎回上位にいるし、何回か特選をもらった。この小学校で絵に関して一番の有名人は僕だ。 「学校でね」  僕は友達たちの残念そうな声を聞いて足を進める。 「ちぇーー。でも楽しみだよな? 今回の学内コンクールは完全に謙介のために開催するんだろ?」 「そんな訳ないじゃん。僕がきっかけかも知れないけど、僕のためじゃないよ」 寿はほうほうと笑いながら僕の横につく。 「そうかもな。だけど絵を描くのが好きなやつが多いのはやっぱり謙介の功績だからな!」  寿は僕のランドセルの背をパンと叩いて走り去っていく。 「太一! 裕二! 行くぞ競争だ!」  寿はクラスのリーダー格。皆を平等に接するため絵ばかり描いている僕も爪弾きにならない。遠ざかっていく寿の背に温かみを感じるが、僕はまだ大事なことを言えないでいる。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!