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第8話 あなたのためになりたくて
「リーズ、戻ったよ」
「あ、おかえりなさい、ニコラ」
ニコラが仕事から戻るとそこにはキッチンに立つリーズの姿があった。
家にはないはずのエプロンをしておたまを持ちながら、ゆっくりと鍋をかき混ぜている。
「…………」
ニコラはリーズのその新鮮な姿に思わず虚を突かれて、ぶわっと顔を逸らす。
その口からは小さなか細い声で「やばいだろ、その服」と呟いていた。
「ニコラ?」
「い、いや! なんでもない、それより何してるの?」
するとリーズはちょっと照れたようにもじもじとしながら、唇をぎゅっと結んで言う。
「えっと、お昼に隣のお家にお邪魔してね、その、ニコラのお仕事のこと聞いてたんです」
「俺の?」
「ええ、そしたらなにか私にもできることないかなって思って、キャシーさんに料理を教えてもらったのだけれど……」
「けれど?」
ニコラは言いにくそうにしているリーズの気持ちを悟って鍋の方へと確認に行く。
そこにはいいにおい……ではなく、かなり焦げたようなにおいがして、ニコラは思わず顔をしかめる。
頑張って作ろうとしたけれど作れなかったものは難しい料理ではなく、簡単なポトフだったがどういう料理かわからなかったリーズは水を入れるのを忘れて食材が焦げてしまった。
しかし、なんとか努力しようとして、そして何より自分を思って挑戦してくれたことが嬉しく、ニコラはおたまを持ったままのリーズを抱きしめる。
「ニコラ?!」
「リーズ、ありがとう。その気持ちが本当に嬉しいよ。まだうまくいかなくても大丈夫、ゆっくりでいいから」
包み込むような優しい声にリーズは心がほわっとあたたかくなり、そして同時に二コラのことを愛しく思った。
(もっとニコラの笑顔が見たい。あなたのために役に立てるようになりたい)
抱き合った二人はゆっくりと身体を離すと、目を見つめて思わず微笑み合った。
「一緒にポトフ食べようか」
「ダメですっ! これは焦げちゃってお腹壊しちゃったら大変です!」
「このくらい大丈夫だよ、ほらもったいないでしょ」
食材がもったいないなんてわざと言っていて、自分の気持ちを第一に思ってくれていることがわかって、彼女は喉の奥がつんとなった。
(幸せってこういうことなのかしら?)
ようやく日常と呼べる日が始まったような気がして、リーズはほっとした。
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