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「ラーラーー」
きれいな声が聞こえたとき俺はそいつを女かと思ってしまった。
だが、振り向いた先には俺よりもゴツい体型をしたやつがいた。
今思えばそれが俺とあいつの出会いだったのかもしれない。
中江誠。それがそいつの名前だった。
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「そんなんじゃだめ!」
俺の耳の横を光よりも早く通り抜けた罵声は、中江の元へと飛んでいた。
俺は小さく横を向いた。
中江はその罵声を気にしないようにしているのか声を出している。
……いや。歌っているの…か?
俺は、楽譜を握りしめている手を少し弱めた。
中江は歌っているようだが、かすれた声だ。
これじゃあ怒られるのも仕方がない。
俺は中江に呼びかける。
「中江!真面目にやれよ」
中江は顔をしかめると、また声を出し始めた。
何度も何度も咳払いをしている。
あのきれいな声は跡形もない。
合唱コンクールまで残り僅かなのに中江がふざけるのはおかしい。
俺は楽譜を握りしめると、前を向いた。
そしてそのまま横目で中江を見た。
いつの間にか突き出た喉仏が見える。俺は慌てて中江を見て
「中江……おま……」
呼びかけようとして、やめた。
中江…ごめんな。わかってやれてないな…俺。
中江はそのまま数十回咳払いをしたがもう歌おうとはしなかった。
完
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