椅子になりたい

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 どこにでもいるとか、普通の子だねとか、脇役の印象が強い。 「今の俺たちは脇役だ。それでいいのか? いつまでも脇役でいいのか?」  悪友の矢崎は、俺の両肩を前後にゆすってそう言った。  何を言っているんだって感じで俺は返事をしなかった。 「……」  俺に無視されても矢崎の言葉は止まらなかった。 「主役にならなきゃいけないんじゃないか?」 「……」 「そろそろ俺たちの出番じゃないか?」 「……」 「そうじゃないのか?」 「……」 「俺は主役になりたい!」 「……」 「お前もそうだろ! 一言二言しかない脇役の人生じゃ嫌なんだ」  ようやく、俺は矢崎が真面目に言っているのだと理解できた。  今度は俺が聞き役だ。 「それで主役って、お前は一体どんな主役になりたいんだ?」 「彼女ができる主役さ」  俺は「あばよ」と回れ右をした。 「待てよ。主役にならんと彼女はできないだろう!」  もっともだ。  俺はもう一度回れ右をして矢崎に向き直った。 「主役になるとして、中身がなくちゃな。どんな主役になりたいんだ?」  矢崎は熱い目をして言った。 「椅子になりたい」  俺はずっこけた。 「おいおい、突然倒れるなよ。言っている意味が解っただろ。この世の中、椅子がないと困る。椅子は主役だ」 「いや。どちらかというと脇役のような気もするが」 「どっちにだってなれるんだよ」  しかし、そんな主役があってたまるかと思った。 「ふふん。じゃあ俺が証明してやるよ。椅子になれば彼女ができる。世界は俺を中心に回るようになるんだ」  ホントかよ。  しかし俺は黙って矢崎の背を見送った。  後日。  これまた悪友の一人である立川が俺の席にやって来て言った。 「矢崎の奴、彼女ができたみたいだな」 「そうか。奴は数日前に『俺は椅子なれば彼女ができる』とかさ、おかしなこと言っていやがったが、何が椅子になれば彼女ができるだ。真面目に告白したんだろう」  「いや。それが、その通りに……」 「ん?」 「まあ、矢崎を見てこいよ。今は彼女の教室にいる。2-Bだ」 「よしきた」  からかってやるかと思い、俺は矢崎とその彼女がいるという2-Bの教室に向かった。  そこで見たものとは……。  彼女の椅子に――人間椅子になっている矢崎の姿だった。 「あの? もしもし? 矢崎君?」  さすがに心配になったので、俺は矢崎に声をかけた。  女の尻を背中に乗せて床に四つん這いになってる矢崎は、明るい声で返事してきた。 「やあ。彼女ができましてね」 「そ、そのようだな。で、その姿は?」 「うむ。彼女の好みのタイプとは――」 「と、とは?」 「尻に敷かれるタイプがいいらしい。椅子になりたかった俺。どうだ! 俺たちの相性ピッタリだ。今の俺は脇役でもあり主役だ!」  矢崎は雄弁に存在証明を語る。  しかし俺はまたしてもずっこけた。  俺はずっと矢崎の脇役のような気がした。 <終わり>
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