ピン6つ

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「フェスー!」 「え?」  子供の頃のあだ名で呼ばれた風祭が振り返ると、小学校の頃の友人が駆けよってきてて更に驚いた。小6で風祭は引っ越してしまい、交流もいつしか遠のいていたが、誰だかすぐわかった。 「一弘?」 「久しぶりだなー! 元気か? 会えてラッキーだったぜー!」  満面の笑みで肩をバンバン叩く。思わず「変わらないな」と皮肉混じりに言ってしまう。 「そりゃそうよ俺は俺だもん。それより返したいモンがあってさ」  ポケットから小袋を取り出す。  プラスチック製のピンが6つ入っていた。水色のが3つ、ピンクのが3つ。 「え?」 「男子と女子。ほら昔、フェスが俺んちにボードゲーム持ってきてくれて皆んなで遊んだろ? そん時忘れてってたやつ。なんかずっと返しそびれててさぁ」 「ああ……」  確か、一弘の誕生日に持ってって遊んだことがあった。車の形のコマに人数分挿して、ルーレットが指した数だけマスを進ませる有名なゲームのものだ。だが、ピンは予備が付いてたから、忘れてたことすら気が付かなかった。そのボードゲームがいま実家にあるかすらわからない。だが一応受け取った。 「確かに渡したぞ! じゃあ元気でな!」 「えっ? おい!」  一弘はあっという間に走り去って見えなくなった。 『昔から嵐の様な奴だな…』  もう見てないだろうと思いつつ、風祭は旧友に手を振った。  不思議なことがいくつかあった。  まず、風祭は結婚した。  それまで恋愛と縁のない人間だったが、一度互いに運命を感じると、ことが進むのはあっという間だった。  夫婦は次の年に子供を授かった。男の子だった。  そして風祭夫妻を皮切りに、親戚でも次々と子供が生まれた。長く不妊で悩んでいた家も、めでたく子供を授かった。双子が生まれた家もあった。  一族の中で、1年間に男の子が3人、女の子が3人。  小学校の同窓会があった。  風祭は一弘のことを聞いて回った。中2の時に一家で夜逃げして行方が知れないことを、その時初めて知った。  一弘がくれた小袋を取り出した。  水色とピンクの小さなピンが、3つずつ。  改めて見ると、何かがおかしい気もする。  あのボードゲームのピンは、こんな色だったろうか? こんな大きさだったろうか?  そもそも、自分は本当にピンを忘れていったのだろうか? ならコレはなんだ?  ふと、忘れっぽく気まぐれな神様が、大事なコマにピンを挿し忘れて一弘に使いを頼む姿が思い浮かんだが、すぐに頭から振り払った。バカバカしい。  だが、わざわざ実家に行ってゲームを確かめるのもやめた。コレは、一弘が持ってきてくれた忘れもの。それでいいと思った。 『一弘に今度会ったら、届けてくれた礼を言わないとな』  風祭は小袋を引き出しに仕舞い込み、家族のいる居間へ戻っていった。
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