19.それぞれの夜

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 * 「なーんか、楽しそうだなぁ」  千颯のスマートフォンの画面を盗み見て、怜央がニヤニヤと笑う。  今日は千颯の送別会で、それが終わった後は怜央の家に泊まりに来ていた。  というか、千颯の家はもう引き払っていたのだ。月曜日まで泊めてもらい、朝そのまま大阪へ向かう。  そのことが決まった時、怜央の方から「どうせなら、コラボ配信しよう!」と言われた。  転勤が決まった後、千颯はあまりの忙しさに配信の時間が取れなくなってしまった。どうせ引っ越した後もバタバタするだろうし、落ち着くまでは一旦休止しようと思ってお知らせを出したが、その後のKoronファンの嘆きは凄まじいものだった。それで、怜央はKoronのファンたちのためにも、千颯にコラボ配信を持ちかけたのだ。  千颯の方も異論はない。休止の事情も自分の口から説明したいと思っていたので、渡りに船だった。  そんなこんなで、千颯は今、怜央の部屋にいる。送別会が終わって、そのまま怜央の部屋へ。そして、また二人で飲んでいたのだ。  二人で他愛ない話をしていたところ、璃子から結月の写真が送られてきた。悲しそうな目をして、小さく唇を尖らせている。 「うわ! これが噂のお菓子さん?」 「見るな」 「なんでだよー! 減るもんじゃないし」 「減る」  千颯は怜央に背を向ける。怜央は後ろでわーわー騒いでいるが、千颯はそれには耳を貸さず、その写真をじっと見つめる。  千颯には見せないような顔。  結月は自分が年上ということもあり、千颯に甘える素振りは見せない。会社でも先輩だし、しっかり者の姉的な顔がほとんどだ。  付き合い始めてからは他の顔も見せてくれるようにはなったが、ここまで幼い顔は見たことがない気がする。それを思うと、彼女の親友とはいえ、璃子に嫉妬心を感じずにはいられなかった。  そんな千颯の心を見透かしたように、怜央が肩をぐいぐいと押してくる。 「うわぁ、千颯が悔しがってる! 女の子同士で盛り上がってんだから、しょうがないだろ?」 「俺にもこれくらい気を許してもらいたい」 「許してるよ」 「でも、こんな可愛い顔見たことない」 「うわぁ、もうメロメロだなー」 「悪いか」 「悪くないけど、面白い」 「面白がるな」  そう言って、ペシリと怜央の頭をはたく。怜央は無邪気に笑いながら、つまみのさきいかを口いっぱいに頬張った。  千颯はそのままメッセージのやり取りに熱中し始め、怜央は手持無沙汰になってしまう。 「明日の配信のことでも考えるかー」  そう呟いて、怜央は配信の構成を考え始めた。  台本のようなしっかりしたものではないが、配信の際は構成みたいなものを作っている。何も考えずに配信していると見せかけて、実は、話す内容などは事前にある程度固めているのだ。  怜央はSenとしてキャラを作っている。怜央とSenは、声の出し方も口調も違う。なので、Senというキャラが壊れてしまわないようそうしていた。 「くそ、可愛いな」  独り言のような千颯の声が聞こえ、怜央はふきだしそうになる。  怜央の知る限り、千颯が一人の女性にこれほどのめり込んだことはない。おまけに「可愛い」なんて評したこともない。どんなに可愛らしく綺麗な女性を前にしても、千颯はまったく興味を示したことがなかったのだから。  怜央がいくら「あの子可愛いな」と言っても、千颯はいつも「ふーん」と言うだけ。だから、まさか千颯の口から「可愛い」なんて言葉が飛び出すようになるなんて、思いもしなかった。 「お菓子さんと離れるの、嫌だろ」  聞くまでもないようなことをあえて尋ねる。返事は別に期待していなかった。だが、少し間をあけ、千颯から答えが返ってくる。 「嫌だけど、仕事だから」 「そりゃそーだ」 「でも」  怜央は、ふと千颯の方を見る。千颯はスマートフォンの画面をじっと見つめていた。そこにあるのは、恋人の写真だろうか。 「引き寄せる」  ん……? 彼女を抱きしめて、離さないとでもいうのだろうか。  怜央が首を傾げていると、千颯がこちらを向いてニッと挑戦的な笑みを浮かべた。 「絶対離さないし」  口には出さなかったが、怜央は思った。  こいつ、結構重い。  恋人ができてからの千颯は、知らない顔ばかりを見せてくれる。  それが楽しくてならないが、行き過ぎるなよ、と、つい心配せずにはいられなかった。
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