01.不機嫌な新入社員

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01.不機嫌な新入社員

「こちらにもまだかなり仕事が残っていますので、受けるのは難しいです」  その言葉に、香椎(かしい)結月(ゆづき)と中野里菜は呆気に取られた。  デジタルマーケティング&運営代行会社「株式会社ディー・エム・オー」運営代行事業部の一角、そして時刻は、定時間際の十七時二十分すぎ。  里菜が定時間際にこうして仕事を頼んでくるのは、日常茶飯事だ。大事な用がある、病院へ行かなくてはいけないなど、いろいろな理由をつけてくるが、要は定時に帰りたい、遊びに行きたいからというのも、結月は知っていた。知りながら、里菜の仕事を引き受けている。それはひとえに「職場の人間と揉めたくない」からだ。  結月は、人と揉めたり争ったりすることが苦手だ。そうなるくらいなら、嫌な思いをする方がまだいい。自分が我慢することで良好な関係を築けるのなら、いくらでもそうする。  そういうわけで、里菜の仕事はいつも二つ返事で引き受けていた。例え、自分の仕事が多く残っていたとしても。  しかし今日は、結月の隣に座る彼──(たかむら)千颯(ちはや)が、いち早く断った。なんの躊躇いもなく、すっぱりと。 「た、篁君!」 「まだ結構残ってますよね。表示チェックに文言チェック、クライアントへの報告が数件。自分の仕事も終わっていないのに、他人の仕事を引き受けている場合じゃないと思いますが」  確かにそうだ。まったくもって彼の言うとおりだ。  しかし、物には言い方というものがある。こんなに無下に断れば、相手も嫌な気持ちになってしまうではないか。 「ごめんなさい。私、今日はどうしても……」 「あ、大丈夫! 指示内容と、作業ファイルの格納場所を書いて送って。やっておくから」 「香椎さん、でも……」 「すみません、香椎さん。よろしくお願いします!」  新参者に断られたことに若干気分を害しながらも、里菜は強引に話を切り上げ、自席に戻っていった。もうすぐ定時だ。彼女は定時きっかりに退社する。  結月は恐る恐る隣を見遣る。案の定、不機嫌オーラを出している男が、無言で結月を見つめていた。いや、もしかしたら、睨んでいるのかもしれない。 「ご、ごめんね! せっかく気を遣ってくれたのに」 「気なんて遣っていません。事実を言ったまでです」 「そうなんだけど……」  きっぱりはっきり物を言う。今日が仕事初日とはとても思えない。  そう、篁千颯は、今日入社してきたばかりの新人なのであった。
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