04.小さなときめき

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04.小さなときめき

「はい、どうぞ」 「わーい! 美味しそう!」  今日は、三連休の中日である日曜日。  とあるグランピング施設で、社内行事が行われていた。社員同士の懇親を目的とした、バーベキュー大会だ。事業部の壁は取り払われ、皆がそれぞれ仲のいい者同士でグループになり、肉や野菜を焼いて食している。結月はもちろん、璃子と同じグループだ。 「璃子、そっちの野菜、もう焼けてるから食べなよ」 「結月も食べな。さっきから焼いてばっかりじゃん。せっかく焼いたのに、さっきから他のグループの人も取っちゃってるしさ」  どのグループにも焼く係の人間はいるが、誰もそういったことをしないグループは、よそで焼かれたものを勝手に取っていったりする。璃子はそういう人間に睨みをきかせていたが、あまり目くじらも立てられない。 「代わります」 「え……」  千颯が結月からトングを奪い、座るように促した。そして目の前を見ると、結月の分の肉と野菜が皿に盛られている。 「篁君が用意してくれたの?」 「どんどん焼けていきますよ。さっさと食べてください」 「……ありがとう」  結月はありがたく用意してもらった皿に箸をつける。肉をぱくりと口にし、顔をほころばせた。 「美味しい~」 「さすが会社の金で買った肉は違うよねっ! 社長、こういうのに金を惜しまないから、絶対めっちゃいい肉だよ!」  璃子も、はふはふ言いながら肉を頬張っている。  バーベキュー大会は毎年やっているが、こんな風に落ち着いて食べるのは、もしかしたら初めてかもしれない。  初年度は新人ということでひたすら肉を焼いていたし、それからも押しの弱い性格が災いし、仕事を頼まれるがごとく肉を焼く専門みたいになっていた。  璃子が時々代わってくれたりもしたが、彼女はその顔の広さであちこちから声がかかり、結月の側を離れることも多かったので、結局ろくろく食べられずに終えてしまうことも多々あったのだ。 「今年は篁君がいて助かったね! 結月、いっつも食いっぱぐれてたから」 「ははは……」  璃子の話を耳にし、千颯が結月を見る。無表情だが、呆れている様子がよくわかる。 「なら、今日は存分に」  と言って、いい具合に焼きあがった肉を山のように積んでいった。 「そんなに一度に食べられないって!」 「あははは! 肉タワー!」  璃子はゲラゲラと笑っている。千颯はそんなことは一切気に留めず、ひたすら肉を焼いている。  このグループは、実はこの三人だけだ。いつもならもっと人が集まるのだが、どうやら皆は千颯を遠巻きにしているようだ。  入った初日から臆せずはっきり物を言う千颯は、いまや社で一目置かれる存在になっていた。代行事業部の面々に至っては、一目置くというよりむしろ恐れているといった方がいいかもしれない。  文句を言いたくても、千颯の言うことは正論だし、おまけに仕事もできる。一番下っ端のはずなのに、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。そして何より、部長である遠山に目をかけられている。これが強い。  運営代行事業部の部長である遠山は、社の中でも人気が高い。未婚ということもあり、特に女性人気は絶大だ。その遠山が認めているのだから、おいそれと手は出せない、というわけだった。 「さっきからちょいちょい盗難に遭ってるけど、いつもよりは全然マシよね」  璃子が「盗難」と言っているのは、ちょうど食べ頃になった肉や野菜のことだ。結月が焼いたものがちょっとした隙に奪われていく。だが、千颯に代わってからは誰も取りに来ない。 「いいわー、ここ! 落ち着いて食べられる!」  さっきから、璃子はにこにことご満悦といった様子だ。そんな璃子に、結月は苦笑する。  たった三人のグループだし、あちらこちらに気を遣う必要もない。璃子の言うとおりだった。  千颯はあまりしゃべらないが、これももう慣れた。一緒に仕事をするようになって、もう一ヶ月以上経っているのだ。これが千颯の通常運転で、機嫌が悪いわけでも何でもない。それに、今はその分璃子がしゃべっている。  璃子は初めて千颯と顔を合わせてから、頻繁に彼と会話を交わすようになった。理由を聞いてみると「面白そうだから」と言っていたが、彼に興味があるのだろうか。  結月はそんなことを考えながら肉のタワーと格闘していた。その時、遠くから璃子を呼ぶ声が聞こえる。あれは、データ解析チームのリーダーだ。 「あぁ……ボスが呼んでる。相手しなきゃなぁ」  璃子が呼ばれている方に背を向け、げっそりとした顔をする。  結月はそんな璃子の肩をポンポンと叩き、向こうを指差した。 「ほら、また呼ばれたよ。待たせると面倒なんでしょ?」 「うぃ~……行ってくる」  璃子は大きくを息を吐き、意を決したように振り返る。そして、満面の笑顔を作った。 「はーい! 今行きまーすっ!」  それはまるで、居酒屋店員の「はい、喜んで!」という風だ。璃子の後ろ姿を見送りながら、結月は肩を震わせた。そして、ふと我に返る。  ……もしかして、今ここには千颯と結月しかいない?
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