妹のぬいぐるみ

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 先日、則之(のりゆき)は会社の仲間と結婚した。先日、結婚式を終え、明日から新居に引っ越す予定だ。  則之には則子(のりこ)という2歳年下の妹がいた。妹の誕生に、両親や祖母は喜んだという。幼稚園、小学校に進み、友達がたくさんできた。家族はみんな妹の成長に期待していた。  だが、則子は12歳の頃、脳腫瘍を患ってしまった。切除しようと試みたが、取り出せない位置にできていて、どうしようもなかった。抗がん剤の投与などありとあらゆる事をして、中学校への入学で再び学校に行く事ができた。  それからも則子はみんなと仲良くして、友達がたくさんできた。これから病気などせず幸せな日々が今度こそ訪れるだろうと思っていた。  だが、中学校2年の頃、再び脳腫瘍が再発した。もう助からないと言われたが、何とかしてほしいと家族は願った。だが、その甲斐もむなしく、則子は15歳でこの世を去った。卒業式では、則子の名前も挙がり、みんなで「はい」と言って級長が卒業証書を取りに行ったという。  則之は則子が生きられなかった分も頑張ろうと思い、私立大学に進学、そして会社員となり、めきめきと実力を上げてきた。みんなからも信頼される社員になり、そして結婚に至った。 「いよいよ明日は新居に引っ越しか」  則之の机には則子が大好きだった赤いドラゴンのぬいぐるみがある。死んだ則子の形見だと思い、則之はこのぬいぐるみを大事にしていた。新しい家にも持っていくつもりだ。いつでもそこに則子がいると信じながら。 「則子、明日から新しい生活に入るよ。見守っていてね」  則之は空を見上げた。だがそこに則子は見えない。だけど、遠い空から則子は見ているはずだ。そう思うと、少し笑みが浮かぶ。 「はぁ・・・」 「いよいよ明日でお別れだね」  誰かの声に気付き、則之は振り向いた。そこには母がいる。母は今日まで則之を大事に育ててきた。明日、この家を出て行くけど、これからも見守っていてほしいな。 「うん」 「時々帰ってきてね」  母は笑みを浮かべた。則之も笑みを浮かべた。明日は自分の人生において重要な日になるに違いない。 「わかったよ」  もう11時だ。そろそろ寝る時間だ。明日は引越だ。早く寝てしっかりと疲れを取って明日に備えよう。 「おやすみ」 「おやすみ」  則之は部屋の明かりを消して、ベッドに横になった。ベッドでも思い浮かべるのは、則子の事だ。もう死んで10年余り経つけど、1日たりとも忘れた事はない。小学校の入学式の日、脳腫瘍と診断された日、中学校の入学式、脳腫瘍が再発した日、亡くなった日、卒業式の日。これまでの日々が走馬灯のようによみがえる。 「則子・・・」  則子の事を思い浮かべながら、則之は目を閉じた。  則之が目を覚ますと、そこは草原だ。ここはどこだろう。サバンナだろうか? だが、ライオンやチーターがいない。サバンナじゃないとすると、どこだろう。 「こ、ここは?」  則之は辺りを見渡した。そこには鳥のような何かが飛んでいる。コンドルよりも大きい。そしてコウモリのような翼を持っている。体色は赤、白、黒、青など様々だ。 「ど、ドラゴン?」  則之は目の前の光景が信じられなかった。そこにいるのはドラゴンだ。その時、則之は知った。自分は夢を見ているんだ。でも、どうしてこんな夢を見ているんだろう。  その時、則之に近くに赤いドラゴンがやって来た。そのドラゴンは雌のようで、優しそうな眼をしている。 「お兄ちゃん・・・」  則之は振り向いた。そこには赤いドラゴンがいる。そして、そのドラゴンは則子の形見である赤いドラゴンのぬいぐるみにそっくりだ。 「えっ!?」  則之は戸惑った。則子はもう死んだはずだ。どういう事だろう。状況が全くわからなかった。 「やっと再会できたんだね」  赤いドラゴンは鋭いかぎ爪を持つ手を則之の肩に乗せた。則之は呆然としている。 「だ、誰?」 「則子!」  あの赤いドラゴンは則子だと言う。どういう事だろう。則之はいまだにわからなかった。 「則子? どうしてドラゴンの姿なの?」  則子? どうして人間じゃなくてドラゴンの姿だろう。まさか、生まれ変わったのか? 「私、ドラゴンとして生まれ変わったの」 「そうなんだ」  やはりそうだった。則子は短い人生を懸命に生きたから、それを認められてドラゴンとして転生する事ができたのかな? 「脳腫瘍で死んじゃったけど、神様が一生懸命生きた事を認めてくれて、ドラゴンとして転生させてくれたんだ」 「そうなんだ」  則子は脳腫瘍で若くしてこの世を去った。だけど、短い人生を一生懸命に生きた事を神様に認められ、ドラゴンとして新しい生を受けた。そして、ここで暮らしてきたという。 「だけど、こうして生まれ変わって、平和に暮らしてるわ」 「元気そうで嬉しいよ」  則之は笑みを浮かべた。生まれ変わって元気に過ごしているのを見て、ほっとした。病気に負けず、こうして平和に暮らしているだけで、とても嬉しくなる。 「ありがとう」  その時、則子の横にいた青いドラゴンがやって来た。どうやら則子の夫のようだ。 「あれっ、どうしたの?」 「私の前世のお兄ちゃんなんだ」  則子は青いドラゴンに紹介した。青いドラゴンも優しそうな顔をしている。 「そっか」  と、則子は何かを思い浮かべた。そして、則子は笑みを浮かべた。 「そうだ、いいのを見せてあげる」 「何?」  見せたいものって何だろう。則之はわくわくしている。 「私、赤ちゃんが生まれたの」  則之は驚いた。まさか、結婚して赤ちゃんができたとは。それは見たいな。どんな赤ちゃんだろう。きっとかわいいんだろうな。 「本当? 見せて?」 「うん」  則之は則子のいる巣に向かった。そこはまるで鳥の巣のようで、それを大きくしたような形だ。ここで暮らしているのか。  則之と則子は巣にやって来た。そこには10匹ほどの色とりどりの小さなドラゴンがいる。みんな可愛い。抱きしめたいぐらいだ。 「これよ」  則之は小さなドラゴン達を見つめた。彼らは則之に反応して鳴いている。鳴き声も可愛い。 「可愛いなー、よしよし」  則之はその1匹を手に取り、抱きしめた。小さなドラゴンは則之の顔をなめた。とてもくすぐったい。そして、仕草も可愛い。 「可愛いでしょ?」  則之が可愛がっている様子を見て、則子はまた会えてよかったと思った。もう会えないと思った。だけどこうして会える。これは奇跡だ。 「幸せそうに暮らしてるね」 「ありがとう」  小さなドラゴンは尻尾を振っている。則之は小さなドラゴンを巣に戻した。彼らはもっと遊んでほしいのか、甘えている。 「お兄ちゃん、先日結婚して、明日から新しい家に引っ越すんだ」 「そうなんだ」  だが則子はあまり驚かない。どうやら則之の日々を陰から見守っていたようだ。そして、結婚する事も知っていたようだ。 「則子も新しい人生で幸せな家庭に恵まれていて、嬉しいよ。僕もこんな幸せな家庭を築きたいな」  則子はドラゴンに生まれ変わって子供に恵まれて幸せな日々を送っている。だから、結婚した妻と幸せな日々を送ろう。それがドラゴンとして生まれ変わった則子への恩返しだ。 「応援してるよ、お兄ちゃん」  則子は則之の手を両手で握った。則之はその時思った。則子は死んでない。生まれ変わったんだ。則子は生きているんだ。 「元気でいてね」 「お兄ちゃんもね」  則子は則之を抱きしめた。とても暖かい。まるで母のようだ。まさかドラゴンに抱かれるとは。  翌朝、則之はいつもの部屋で目覚めた。いつものように朝日が差し込む。ここは現実世界のようだ。わかっていたけど、昨日の事は夢だった。だけど、本当に夢だったんだろうか? ドラゴンとして生まれ変わった則子がいて、子供に恵まれている。 「あれっ? 夢か・・・」  則之は窓から外を見た。いよいよ今日から新しい生活に入る。則子のように幸せな日々を送りたいな。できないかもしれないけど、子どもができたら、則子に見せられたらいいな。 「則子、行ってくるよ。見守っていてね」  則之は部屋を出て行った。見えなくても、則子とは同じ空でつながっている。そして、お互い人生を楽しんでいる。だから、1人じゃない。共に幸せに生きよう。そして、共にそれぞれの人生を全うしよう。
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