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6月半ばになり、授業参観の日がやってきた。
来なくていいと再三釘を刺していた母が現れた時点で、今日は最悪の一日になるに違いなかった。
危惧していた通り母は大幅に遅刻し、周囲の注目を一身に集めた。厚化粧に加え、悪趣味なショッキングピンクのスーツを着ていたせいもあるかもしれない。
しかし、真の悪夢は授業後に襲いかかってきた。同じ陸上部のクラスメイトである高橋と佐藤に、母が勝手に挨拶し始めたのだ。あろうことか、流行りの芸人のモノマネを織り交ぜながら。
苦笑いを浮かべ、母を避けるようにそそくさと自席に戻る二人を見て、僕は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。羞恥と悲しみに耐え切れず、嗚咽が漏れそうになる。
一方、母本人はウケたとでも思ったのだろうか。僕の気持ちに気付く素振りもなく、満足げにピースサインをしてきた。
「お前の母親さぁ……」
一部始終を見ていた、クラスのお調子者の田村がにやにやしながら僕に向き直る。その先の言葉を聞きたくなくて、僕は咄嗟に叫んでいた。
「あんな奴、母親じゃないっ!」
それは僕がずっと抱えていた本音かもしれなかった。だけど、声に出すことで越えてはならない一線を越えてしまった気もした。母の顔を見られなかった。なぜか、眉を八の字にして笑ういつかの母が脳裏に浮かんだ。
白鳥が目を見開き、僕を見つめる。驚きよりも怒りを多く含んだ目だった。
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