弱小魔物でも1

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弱小魔物でも1

「待て、逃げるなよ」 「あ、あわわ……」  壁に手をついて逃げられないように進路を塞ぐ。 「やっと見つけたんだ、逃がさないぞ」 「ななな、なんですか。  わ、わわ私になんのご用でしょうか?」  ちょっと泣きそうな顔をしている女の子。  厚めのメガネをかけてボサボサとした栗色の髪をしていて貧民に近い雰囲気がある。  一応ギリギリ平民であってここ数日ジが探していた子であった。  声をかけたら逃げるものだからしょうがなく壁に追い詰めて逃げられないようにした。 「そう逃げることないじゃないか」 「わ、私お金も持ってないですし、体も貧相で顔も可愛くないですし……」 「別に取って食おうってんじゃないから落ち着けよ……」  古ぼけた本を抱えて泣きそうになっている女の子を追い詰めていては明らかにジが悪者だけどただちょっとお話ししたいだけなのだ。 「なんで逃げんだよ?  逃げるから追いかけるんだろ」 「だ、だって知らない人に声かけられたから……」 「別に怪しいもんじゃないさ。  ちゃんと話したいから逃げないでくれるか?」  びっくりさせたのは悪いけど共通の知り合いもいないのでいきなり声をかけるしかない。 「わ、わかっ……」 「トウッ!」 「グエッ!」  ようやくまともに話ができそうだと思った瞬間ジはぶっ飛んだ。 「何すんだよ!」 「あんたこそ何してんのよ!」  か弱い女の子を壁際に追いやって逃げられない様に壁に手をついて顔を寄せている。  女の子の方は泣きそうな顔をしているしどう見ても悪い男ではないか。  それになんかイラッときたので蹴っ飛ばしておいた。 「可哀想に、女の子泣かして!」 「泣かしてないし……泣いてないよ、ね?」 「あ、はい。  泣いてはいませんけど……」 「そんな風に言われたらそう答えるしかないでしょーが!」 「お前は誰の味方だよ!」 「おーよしよし、怖かったねー」  今の時代では人はあまり魔獣を公表したがらない。  弱い魔獣、使えない魔獣は当然、強い魔獣も切り札的に見せない傾向がある。  なのである種の魔獣の契約者を探すのは大変なことである。  クモについては過去においてたまたま知っていたので探すのに苦労はなかった。  今でも増員を探しているけど見つかっていないのでそこは苦労しているが他にもジは探している魔獣がいた。  その契約者がいるらしいと聞いて平民街を探してこの少女を見つけたのだ。  何回か接触を試みたのだけど警戒心が高くて逃げられてしまっていた。    女の子なのでジ1人でいくよりも女の子がいた方がいいだろうとエに協力を頼んだのだけどなぜかキックを食らった。  飴と鞭ではないけど結果的にジの脇腹の痛みと引き換えに少女を逃すことなく接触することに成功した。  痛みなくても交渉できそうだったことはこの際気にしない。 「俺はジだ」 「私はエ」 「えっと、私はヒスです」 「そうだな……こんなところで立ち話もなんだし、お昼は食べた?」 「いいえ、まだですけど」 「じゃあどっかお店行こうか」 「えっ、でも……」 「いいからいいから!  お世話んなっとけばいいのよ」  名前からするとどう考えても貧民。  身なりは2人とも割と綺麗だけど子供だし、お金を持っているとは思えない。  お店になんて入ってもすぐ放り出されてしまうのがオチではないかとヒスは心配する。  ジはいくつか適当な店の前を通ったのに入らずに進んでいく。  どっかとは言ったけれど目的のお店があることはすぐに分かった。  他の店にも目もくれず向かったお店は大衆食堂のような素朴な雰囲気のあるお店だった。  ここなら貧民でも力ずくで追い出すことはなさそう、もしくは逆に問答無用で追い出しそうなどちらかだなと思う。 「いらっしゃいませー」 「いらっしゃいませ」 「あっ!」 「えっ?  あっ!」 「ジ兄!」 「ジ兄ちゃん!」  ドアを開けるとベルが鳴って来客を知らせる。  可愛らしい店員の迎える声が聞こえてきてジは微笑む。  入ってきたお客がジだと気づいて駆け寄ってきたのはタとケの双子ちゃん。  ここは2人が働いているお店であった。  話を聞くとお腹が空いていたところをこの店の店主に拾われてご飯を食べさせてもらったらしく、それから2人はここで働かせてもらっている。  ご飯も出るし料理も覚えられる。  お店はお店で真面目に働く可愛い双子の店員が来て売り上げが伸びたらしい。  なかなか挨拶にくる時間もなかったけれどこの際だし寄ってみたのだ。  ここならジが追い出されることは確実にない。  タとケもジが来て嬉しそうだ。  2人もこうやってみると成長して大きくなってきている。 「お席にどーぞ」 「ありがとう」 「ご注文お決まりでしたら呼んでくださーい」  ワイワイしたいけどここはグッと我慢してしっかりと接客する。  ちゃんと出来てるところを見てもらいたくていつもより背筋をぴっとして仕事に戻る。  そんな様子を周りのお客は微笑ましく見ている。 「へぇー、ここで働いてんだ」  エも最近時々は家に来るので双子の料理のうまさは知っている。  働いていると聞いて驚いたものだけど悪くない雰囲気のお店だと思う。
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