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2回目の出会い2
契約した魔物を魔獣と呼ぶのだが魔獣は人間に魔力を与えてくれるのである。
魔獣が強ければ強いほど、そして互いの関係、リンクが強ければ強いほど契約者に魔獣の魔力が宿る。
魔獣契約の魔法を授けたドラゴンも人間と契約し、魔物に怯えて暮らした人々を助けて国を作ったお話は誰しも聞いたことがあるお話の一つである。
そうしたことから魔獣となる魔物は魔物自体も強さもそうであるが魔力を多く与えてくれるものも強さや有用さの基準とされる。
さらに持っている魔力だけでなく関係性を築くための高い知能や人間に親和的な性格かなども考慮される。
シルクバードは力も弱く魔力も多くはない。
魔物であっても戦闘をするよりも素早く戦闘を避けることを好むために戦闘力が高くないのである。
そう考えると外れになる。
ただしジはそうでもないと考えている。
世間一般に言われる当たりとはおおよそ魔力を多く得られる魔獣と相違ないが貧民街においては何物も使いようで変わる。
彼が何をしたいかにもよるが魔獣契約をして考えられる仕事にはまず冒険者というものがある。
戦闘力を必要とする仕事ではあるが空飛ぶ魔獣であれば直接討伐に参加できるほどの力がなくても偵察なんかで貢献出来る。小型の魔獣であればより適している。
努力やリンクの強さによっては遠距離でも魔獣をコントロール出来るので手紙や書類を手早く運ぶ仕事もあるだろう。
賢ければコントロールが弱くても運ばせるぐらいなら出来るかもしれない。
雇われ先の最上級で考えられるのはもっと上手くやって警戒心の高い貴族が監視として雇う例なんていうこともある。
もっとも貧民街からそうした人を雇うことは考えにくいが可能性がないわけでもない。
貴族がこうした魔獣と契約したならプライドが邪魔してしない仕事でも貧民街の仕事がない連中からすればあるだけありがたい。
仕事を見つけられるかはまた別問題であるが少なくとも貧民街の子供にとって弱いことだけで外れとは言い切れないとジは思う。
次々と魔獣との契約が行われていくが結果はあまりパッとしない。
小型で力の弱い魔獣が多く役人も暇そうに眺めている。
貴族であっても強い魔獣と契約できる人ばかりではないから貧民なら更に見込めない、なんて思っているのだろう。
魔獣契約に貴賤なんて関係ないはずなのだが確かに貴族の方が良い魔獣が出やすい。
もともと魔力があったり良い魔獣と契約できた人が今の貴族の祖先であることも多いのでそういうところも関係あるのかもしれない。
「おっ、やっと俺の番か」
流れ作業のように契約がされていって、とうとう契約の順番もジの隣、ラの番となった。
契約を待ちわびていたラは兵士に連れられるまでもなく自ら前に出てナイフにも臆することなく指を当てて血を垂らす。
「我望むは友好の契り、悠久の縁を結び共に生きるもの、呼びかけに応じ給え」
他の子供達の時にはない思わず目を覆うほど一際強い光。
ごく稀に起こる暴走などから周りを守る役割を担う兵士たちが一斉に槍を向ける先に一匹のトラがいた。
金色の目、しなやかな体躯、背面は橙色で腹部は白く、ところどころ黒い縦縞が入っている。
わずかにジリジリと音を立てる魔力がトラの属性を否が応でも分からせる。
デルファ地方に多く存在する魔物でデルファタイガーと名付けられているものだがそのほとんどが特定の強い属性をもちサンダーライトタイガーとも言われる。
そう、雷属性の魔獣なのだ。
間違いなく当たり。魔獣そのものの戦闘力も高く契約者に与える魔力も大きい。
性格こそ人間に親和的か難しいところだが頭も良く、未来の百人隊長の相棒になるのも納得である。
サンダーライトタイガーは真っ直ぐにラを見つめ、ラも真っ直ぐにサンダーライトタイガーを見つめる。
兵士に緊張が走る。もし制御できずに暴れ出したらサンダーライトタイガーを止められるほどの実力者はこの場にいない。
役人も打って変わって食い入るようにラの様子を見ている。
子供達は無邪気に目を輝かせサンダーライトタイガーに見入っている子もいるがアレがどんなものか分かっていたらそんな風には思えない。
おびえて距離をとっている子は分別がある。
ジはどうなるか分かっているから特に何も思わない。
あの時は強そうな魔獣という衝撃でよく見なかったが改めて見るとやはりこのサンダーライトタイガーは威厳があり美しい。
ある程度の知恵を有する魔物ならその種族の中でも序列がある。
実はラの契約したサンダーライトタイガーは上の序列に当たる強い個体であり美しささえある優れた魔獣だったのだ。
長い時間でもないが長く感じられる時間が過ぎてサンダーライトタイガーがラに近づいてベロリと顔を舐め上げた。
ざらざらとした舌に首を持っていかれそうになりながら驚きに満ちた表情をしているラをサンダーライトタイガーは満足そうに眺めて、ニヤリと笑ったように見えた。
少なくとも魔獣が主人を認めたので暴走の心配はない。兵士達が安堵に胸を撫で下ろす。
「見たか、ジ! なんかスッゴイの呼び出したったぞ!」
ヨダレまみれの顔を拭いながらラがジに駆け寄る。臭いはしないがヨダレが付くのは嫌なので近寄らないでほしい。
後ろから悠然とサンダーライトタイガーも付いてくるものだから他の子供達は逃げるように離れてそこだけポッカリと穴が空く。
遠目で見る分にはカッコよくても近づくのは怖い。
ついつい見てしまい、サンダーライトタイガーと目が合う。
ジは緊張感でドキッとするもサンダーライトタイガーは興味なさげに視線をそらした。
「次はお前の番だな!」
良い魔獣を出して上機嫌なラは何が起こるとも知らずジの肩を叩いて笑う。
サンダーライトタイガーがいて兵士も来にくそうにしているのでジは自ら魔法陣の前まで行くと兵士がホッと息を吐く。
優れた者ばかりが兵士になるわけではない。
むしろこのような任務につかされる兵士は実力も家柄もない兵士がほとんど。
魔法陣の一番近くで子供に説明をしていた兵士も余裕が消えて緊張した面持ちでいる。
なんてことはないと思っていたのに目の前に強力な魔獣が出たのだから気も引き締まるだろう。
もし魔獣が暴れたら真っ先に被害を受けるのは魔法陣に近い人のことを改めて思い知ったろう。
魔法石をもらって左手を差し出す。前の時は右手だったので気まぐれに逆にしてみた。
指先を軽く切ってもらい血を垂らして呪文を唱える。
「我望むは友好の契り、悠久の縁を結び共に生きるもの、呼びかけに応じ給え」
他の子なら一度は聞いたことがある強い魔物を夢見るか、まだ訳もわからないままに契約を始めるだろう。
許されるなら。ジは許されるならもう一度会いたいと思っていた。これが夢でもいい。
いつか覚める夢でも今度は理解して心を通わせて共に生きていくのだ。
記憶よりも強い光。再び兵士に緊張が走る。
もう会えないかもしれないと思ったのも束の間、光に眩んだ目が慣れてくるとそこにいる魔獣の姿がはっきりと見える。
青く透き通るつるんとしたフォルムに黒い核が透けて見える、ある意味有名な魔物、スライムが召喚されていた。
駆け寄る、もとい跳ね寄ってくるスライムを受け止める。今ぐらいの季節ならヒンヤリしてるはずなのにほんのり暖かい。
堪えきれずに自然と涙が溢れてくる。
「可哀想に、あの子は貧民街から抜け出せないな」
役人が可哀想なんて思ってない顔で呟く。
貧民街の子供にただで魔獣契約をさせるなんて仕事やりたくなかった彼は基本冷たい目で様子を伺っていた。
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