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悲しむ君が好きだった。
君は、はじめて会ったときからずっと悲しそうな瞳をした娘だった。
虚ろな瞳に宿した仄暗い過去を、君が隠すひみつを、すべてを暴きたかった。
それに、君はただ悲しむだけで終わろうとせずに自分の運命を変えようともがき苦しんでいたようにみえたから。
俺は、その手助けをしたかった。
苦しむ君に幾度となく助言をし、ときにはやさしく、ときにはきびしく接してきた。
君を、たくさん褒めたりした、君に響きそうな言葉をたくさん伝えてきた、ありのままでいいってありのままの自分を愛してほしいってたくさんたくさん伝えてきた。
時間も気力も君に捧げてきた。
それでも、君が元気になることも変わることもなかった。
さすがに疲れた。
ずっと、ずっと、君の暗い話を聞いていくのも、もう限界だ、疲労が限界まで越えていく。
『もう、つかれた。距離を置こう』
そういうと、君は泣いた。
泣く君と冷えたコーヒーを置いて、俺は君のぶんまで会計をすませた。
もう君に会うこともないだろう、手切れ金だ。
それから数年後、ソファーでぼーっとしながらふとSNSをみていたら共通の友だちが見覚えがある女性の投稿をいいねしていて、それがまわってきた。
その女性は君で、君は毎日を楽しそうに過ごしている投稿ばかり更新していた。
考え方も前向きになっていて、いつの間にか明るく穏やかな女性に変わっていた。
待ち望んだ結果のはず、はずなのに。
影がなくなったいまの君が、すごく、きらいだ。
ああ、そうか。
俺は、悲しむ君が好きだったのだ。
─君のSNSのアカウントをブロックして、ほんとは前に君に渡したかった竜胆の花でつくられた栞を君への愛情といっしょにゴミ箱にポイッと捨てた。
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