忘れ者

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 忍は園内をひたすら歩いていった。「柚葉ちゃーん」と時折声を出しながら。しかし、彼の声に反応する者は誰もいない。  忍は歩き続け、レストランなどが立ち並ぶエリアまでやって来た。  すると、目の前の店から人が出て来るのを見つけた。  大人の男性に左手を繋がれた小さな女の子。右手で自分の胸元を掴んでいる。   「柚葉ちゃん!」  忍がそう声をかけて近寄っていく。二人は声に反応するように立ち止まった。  男の顔を見て、忍は一気に緊張感を覚える。体は人間の姿をしているが、顔は真っ黒に塗りつぶされている。表情も何もない。 「お兄ちゃん、誰?」  柚葉ちゃんがそう尋ねてきた。現実世界にいる柚葉ちゃんとは違い、セカイにいる少女はまだ言葉を話せるようだ。 「僕は朝霧忍。君のママから頼まれて、柚葉ちゃんを救いに来たんだよ」  忍は一定の距離を保ちながらも手を伸ばした。 「なんなんだあんたは? いきなり現れて、柚葉を救う? 今は柚葉と遊園地で遊んでいるんだ! 早く帰れ!」  黒い顔の者はどこから声を出したのかわからないまま怒気を強めてそう言った。 「お前は、怪者(かいじゃ)だろ? その子を離せ」 「うるさい! 黙れ!」  男が一歩を踏み出してくる。それを見て忍は後ずさりした。 『忍? 怪者に出会ったの?』 「ああ、目の前にいる。柚葉ちゃんの手を取って」 『慎重にね。危険だとわかれば、すぐに逃げて』  透子の声が響いた。言われなくてもわかっている。この男は危険だ。いつ襲いかかってくるかもわからない。忍は自分の呼吸が浅くなるのを感じていた。 「ねぇ、パパは? パパはどこにいるの?」  柚葉ちゃんが心配そうな声を出す。 「何言ってるんだ、パパはここにいるだろ? 私がパパだよ。覚えてないのかい?」  怪者が柚葉ちゃんを覗き込むようにして見た。 「え、パパなの? そう言われると、なんとなくそんな気がするけど」 「違う! それはパパなんかじゃない! 柚葉ちゃん、君のパパはね、もうこの世にはいないんだ。病気で亡くなってしまったんだよ。そいつはパパなんかじゃない。君のことを痛めつける悪い奴なんだ。だから、早く離れて!」
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