忘れ者

4/11
前へ
/11ページ
次へ
 母親から聞いた話を忍は彼女に説明する。柚葉ちゃんは父親を失ったショックで心が病んでしまい、その隙に怪者に侵されてしまった。怪者は人の弱みにつけ込む。怪者に侵されてしまった者は、精神を病み、自我を失ったように茫然自失となる。  そのまま怪者に意識を完全に乗っ取られると全ての記憶を失い、『忘れ者』となってしまう。そうなるともう二度と人間として生きてはいけない。廃人と化してしまうのだ。意志を持たない生きた屍。  それだけは絶対に避けないければならない。目の前にいる怪者を見て、忍は改めて決意を固めた。 「柚葉、パパのこと覚えてるだろ? 死んでなんかいないよパパは。この遊園地だって一緒に来たじゃないか。覚えてるだろ?」  男は柚葉ちゃんの頭を撫でながら優しく問いかけている。 「えーと、うん、覚えてる、けど」  彼女はその顔を見上げながら、不思議そうな表情を浮かべていた。 「いいかい? あの人はね、柚葉を(さら)おうとする悪い奴なんだよ。嘘をついて、柚葉を傷つけようとしているんだ。騙されちゃいけないよ」 「そうなの?」  柚葉ちゃんは怪者の言うことを信じようとしている。 「違う! 全部嘘だ! 柚葉ちゃん、そいつの言うことを信じちゃいけない!」 「うるさい奴だな! いい加減にどっかへ行け!」    男はそう叫ぶと柚葉ちゃんから手を離し、どこに隠し持っていたのか鋭いナイフを取り出した。それを振り上げて、忍へ襲いかかる。  咄嗟のことで思わず左腕で顔を防いでしまった。その際に刃が刻まれる。鋭い痛みが走り、半袖で露わになっていた左の外側の手首辺りから真っ赤な血が滴り落ちた。 「痛っ」 『忍? 大丈夫? もしかして』 「やられた……。怪者に切りつけられた」  右手で傷跡を押さえこむ。その指の間からも血は流れ続けている。 「ははは、そのまま血を流し続ければ死んじゃうよ? はははは」 『忍、一旦戻りましょう! そのままセカイにいたら危ないわ。早く帰って来て!』  透子の悲痛な叫びが聞こえ、忍は奥歯を噛み締めた。  不安そうにその状況を見つめる柚葉ちゃん。 「絶対にまた戻ってくる。それまで、自分をしっかり持っていて」  忍はそう言って二人から離れていった。  そしてセカイのトビラを開けて、現実へと戻る。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加