忘れ者

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◇  意識を取り戻したとき、目の前にいた柚葉ちゃんは何も変わらないままただじっと前を向いているだけだった。  その代わりに、透子が慌てて忍の傷を押さえていた。 「きぁあああ!」  柚葉ちゃんの母親が突然出血した忍を見て叫び声を上げる。 「なんで? 何があったんですか?」  パニックになる母親を落ち着かせるように、忍は笑いながら答える。 「大丈夫です。後でちゃんと説明しますので、とりあえず止血できるようなもの何かありませんか?」  痛みを堪えながら忍は冷静にお願いをした。  その後、母親が用意したガーゼと包帯で処置をし、自室のベッドで眠る柚葉ちゃんを残して三人はリビングの席に就いた。  幸い、傷はそれほど深くはなく、病院に行くほどでもなかった。  左腕に巻かれた包帯を眺めながら、忍はつい数分前までいたセカイのことを二人に話す。 「……柚葉ちゃんがいたのは、遊園地でした。怪者と呼ばれる悪霊のような存在と一緒にいて」 「……その、セカイというところは一体? 怪者というものはなんなんですか? その怪者にやられると柚葉ちゃんはどうなってしまうんですか?」  不安そうな母親の顔が目に入る。 「怪者は人の弱みにつけ込む悪魔です。人は誰しもが心の中に独自のセカイを持っています。普通は怪者なんて存在しないのですが、心身が弱っているときにそのセカイに入り込むことがあるんです。最悪の場合、『忘れ者』と呼ばれる状態になり、全ての記憶を失います」 「全て? え、うそ、そんな……」  顔面が蒼白となった母親は、小刻みに震える手で口元を押さえた。 「まだセカイの中の柚葉ちゃんは意識がしっかりしている。だけど、これを放っておけば彼女は忘れ者となり、もう二度と治ることはないでしょう」 「そ、んな……」  残酷とも思える事実を話す忍は、机の下で強く拳を握った。自分の口から出る言葉を改めて噛み締める。 「お母さん、絶対に僕が助けます。その為にも、協力してもらえませんか?」 「……お願いします、あの子を助けてください。どんなことでも、あの子を救えるのならば」
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