忘れ者

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 柚葉ちゃんの母親はタブレット端末を取り出すと、写真のフォルダを開いて忍たちに見せた。そこに写っていたのは家族の仲睦まじい写真ばかりだった。  可愛らしい柚葉ちゃんがピースをしている。隣には母親だったり父親だったり。時には三人で写るものもあり、どこにでもある家族の風景が描かれている。写真は遊園地でのものに移る。 「この遊園地へ行ったのは、今から半年前ぐらいかな。確かに楽しかった思い出ではあるんですが、この写真を見てもらうとわかる通り、それほど笑ってはいないんです」    遊園地の中に写る柚葉ちゃんはなぜかぎこちない笑顔を向けていた。左手でピースをしているが、右手で自分の胸元を掴んでいる。それはどの写真でも同じポーズだった。 「これは、なぜ胸元を掴んでいるんですか?」  透子が当然のようにそう尋ねる。 「わからないんです。胸が痛いとかそういうことではなかったみたいなんですが、なぜかずっと胸元を掴んでいて。それに、あんまり笑ってないでしょ? 本当は楽しくなかったのかなって。実は、柚葉ちゃんは私の実の子じゃないんです」 「え」 「……夫の連れ子で、彼と元奥さんが離婚してから私たちは結婚したんです。柚葉ちゃんが五歳の頃でした。そこから一緒に住んで、徐々に打ち解けてくれる柚葉ちゃんを本当の子どものように思って育てていたんですが、やっぱりあの子は私を母親だと思ってくれてはいないのかなって感じていて」  彼女の話を聞いて、忍は複雑な心境になった。柚葉ちゃんにとって最愛の父が亡くなり、この先は血のつながらない母親と暮らしていかなければならない。それがわかってしまったとき、柚葉ちゃんはどんな気持ちになったのか。 「柚葉ちゃんは優しいから、私のことを『お母さん』って呼んでくれるんです」 「え、じゃあ」 「でも、『ママ』とは一度も言ってくれない。同じ意味だとは思うんですけど、やっぱり『ママ』って言ってほしくて」  母親は唇を噛み締める。そこには彼女の娘に対する強い想いがあったように忍と透子は感じた。
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