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32.月明りを背に
「サラ・マグダウェル、この俺の生涯の伴侶となってくれないか?」
その夜、ジークが平民出身のサラ・マグダウェルにそう告げた。
「ええ、喜んで」
サラは顔を赤らめながらも、
幸せそうにジークフリートを見つめて頷いた。
ここにひとつのシンデレラ物語が完結する。
ひとりの平民の女の子が、貴族院の圧力にも屈せず、
国の王太子の寵愛を受け、プリンセスとなることが内定した。
それから数か月後。
今夜はジークフリートの戴冠式の夜である。
国は新たな王太子とその傍らに立つ将来の王太子妃への祝福に沸いた。
一方その物語の裏で、見事に当て馬を演じたひとりの令嬢は、
特注のドレスを脱いで、メイド服に着替える。
クラウディア家仕様のお仕着せである。
シャルロットは夜の王宮を抜け出して、ひた走る。
教会の鐘の音が、ちょうど夜の12時を告げると、
整然と手入れをほどこされた王宮の正門の前に、
ひとりの青年が佇んでいる。
「は~!」
青年は指先に息を吹きかける。
その吐く息が白い。
季節は待降節を迎えた。
「アルバート!」
薄い桜色の髪をなびかせて、自分のもとにかけてくる少女を、
琥珀色の髪の青年が、きつく抱きしめた。
「おかえり、シャルロット!」
そろそろラストワルツの時間であろうか。
管弦の調べが、その曲を奏でると、
アルバートがシャルットに膝まづいて、その手を取る。
月明りの照らすその庭で、
ふたりは人知れずワルツを踊る。
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