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10.お嬢様の破壊力
料理長のジェームスと仲良くなったシャルロットは、
昼食用の弁当を作るための食材を分けてもらった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」
シャルロットは黒い笑みを浮かべる。
「今に見ておれ、腹黒大魔王め」
(婚約解消の違約金がいくら天文学的な数字だからって、
わたくしはそう簡単にあきらめたりしないんだからね)
シャルロットは手を腰に当て、フンとそっぽを向く。
(このわたくしを一介のメイドだと侮って、今のうちにせいぜい油断しているがいいわ。
アルバード・クラウディア! 作戦コードはこれよ!
『千里の道も一歩から』)※要するに節約の意。
「あれ? 目の錯覚かしら? お嬢様の背後に今、きよし師匠が……」
メイド頭のアリスがよく分からないことを言って、目をこする。
「それにしても、お嬢様はお料理がとても上手なのですね、
こんな短時間にこれだけのお品を……。
しかもどれも美味しそうですわ」
アリスがうっとりとシャルロットが作った料理の品々を見つめていると、
「アリスさん、あ~ん」
シャルロットが箸でつまんだ卵焼きを、アリスの口元に持っていく。
「まあ、お嬢様ったら」
アリスは恥じらいつつも、口を開ける。
「美味しい」
そして驚きに目を見開いた。
「よかった」
そんなアリスの様子を見て、シャルロットは嬉しくなる。
しかし不意にシャルロットは、昨日のアルバートを思い出した。
昨日なぜだかアルバートはひどく落ち込んでおり、
元気がなかった。
ひょっとすると自分が考えなしに浴びせた罵詈雑言で、
傷つけてしまったのかもしれないと、シャルロットの胸が痛む。
◇◇◇
「おう、そうだ。お嬢様も食べていくかい? ここのまかないメシ」
料理長のジェームスの言葉に、シャルロットと瞳が輝く。
「ええ? いいのですか???」
厨房にはパンの焼ける匂いや、
ソーセージの焼ける子気味のよい音が満ちており、
食欲中枢を刺激されたシャルロットの小腹が、
切ない音色を奏でているのだ、
「ちょっと、ジェームス!
シャルロットお嬢様はアルバート様と朝食をご一緒なさるのよ?」
メイド頭のアリスが、ジェームスを見つめて首を横に振るが、
「ええ、ぜひ頂きますわ!」
シャルロットはすでに皿にのせられたホットドッグを見つめて、
幸せの国に旅立っている。
「はうぅぅぅ! っていうか、あなたは神ですか! ジェームスさん。
ほんのりと甘いコッペパンにとれたての新鮮レタスとこのソーセージに絶妙のハーモニーがぁぁぁ!」
シャルロットが生まれて初めて食べたホットドッグに感涙する。
「よせやい! なんかムズムズするわ。照れるべ?」
ジェームスもそんなことを言いながらも、まんざらでもない様子である。
「まあ、シャルロットお嬢様ったら。ですがお嬢様がお作りになったこの野菜スープも本当に美味しいわ。
私おかわりしようかしら?」
シャルロット付きのメイドの一人が思わずそんな言葉をもらすと、
「嬉しいわ。ミリア」
シャルロットは心から幸せそうに笑う。
かくしてこの国の御三家の一強、アルドレッド家の女帝は、
なんの違和感もなくクラウディア家の使用人部屋で、朝食をともにするのだった。
◇◇◇
一方アルバートはガランとした食堂で、一人食事の席に着く。
「なんでシャルロットが来ないんだ?」
魔王モードを炸裂させて、アルバートが給仕役の年の若い執事見習いを睨みつける。
「ひぃっ!」
執事見習いがその迫力に小さく悲鳴を上げた。
「はあ……もういいよ、来たくないなら」
アルバートはため息をついて、テーブルに並べられた朝食に手を付ける。
「ん? この野菜スープは……」
そのスープを口にしたアルバートの手が止まる。
「そちらはシャルロット様がお作りになったものです」
執事見習いが、にこやかに答えると、
アルバートが動きを止める。
「上手にできたから、アルバート様にもお出ししてと頼まれました。
きっと元気が出るからと、アルバート様の体調のことをとても気遣っておられましたよ」
アルバートの心に温かいものが満ちる。
「それでシャルロットは今どこに?」
同時にシャルロットの姿が見えないことに少し不安を覚える。
(慣れないことをして、ケガややけどをしていないだろうか?)
アルバートの脳裏にそんな一抹の不安が過る。
「お弁当を作っておられて、少し学校に行く支度が遅れてしまったようですね。
メイド頭が慌てて支度部屋に連れて行きました」
その情景を思い出した執事がクスクスと笑いをもらすのを、アルバートが横目で伺うと、
執事は生真面目な表情を取り繕う。
間もなく部屋の前が賑やかになったので、アルバートは安堵の息を吐く。
「アルバート! はやく、はやく!」
制服に着替えたシャルロットが、エントランスでぴょんぴょんと跳ねて、
アルバートに手を振っている。
「まったく君って奴は、とんでもない破壊力だな。
たった一夜にしてこのクラウディア家の使用人を掌握してしまうだなんて」
そんな呟きと共にアルバートはため息を吐く。
「こら、シャルロット! 君は一応僕専属メイドなんだぞ!
主の食事の給仕をほったらかすだなんて、一体どういう了見なんだ?」
二階の踊り場から苦言を呈するアルバートの眼差しは、その言葉とは裏腹にひどく優しい。
「あっ! ごめんなさい。アルバート! あなたを一人にしてしまったわ」
いうが早いか、シャルロットが階段を駆け上がってくる。
そんなシャルロットの手を掴み、
アルバートは少し拗ねたようにシャルロットから顔をそらす。
「罰として、食後のお茶くらいは付き合いなよ」
やっぱり少しその横顔を赤らめて、蚊の鳴くような声で呟くと、
「ええ、いいわよ」
シャルロットが幸せそうに微笑んだ。
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