12.お嬢様とアルバートの過去①

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12.お嬢様とアルバートの過去①

昼休みを知らせる鐘の音が校舎に響き渡ると、 わっとクラスメイトたちが、シャルロットを取り囲む。 「あ~お腹空いたぁ~、今日のランチは何にいたします?」 「そうねぇ、パスタはこの間食べたでしょう?   今月のおすすめの欄にあった舌平目のムニエルも捨てがたいわね」   少女たちは嬉々として、今日のランチに思いを馳せる。 「ねえねえ、シャルロット様は?」 セリアが、シャルロットに話を振ると、 「ごめんなさい、わたくしは今日はちょっと……」 シャルロットは言葉を濁す。 「あら、どうかなさって? シャルロット様。  御三家サミットが開催されるのかしら?」 セリアは首を傾げるが、 「そういうわけではないのだけれど……」 シャルロットは曖昧に笑う。 「ええー! シャルロット様がご一緒でなければ、つまらないわ。わたくし」 エルザが残念そうに口を膨らませた。 「そんなことを言って、シャルロット様を困らせるものではないわ。  シャルロット様は御三家の一強を担うこの国にとってとても大切な方、  きっと何か大切なご用事がおありなのよ」 ふくれっ面のエルザをセリアが窘める。 そんな自分を慕ってくれる友人たちを、 シャルロットは少し寂し気な眼差しで見つめた。 ◇◇◇ シャルロットは裏庭の人気のないベンチに腰を掛けて、 持参した弁当の包を開く。 そういえば、ずっと昔、やっぱりわたくしはこうやって、 ひとりぼっちでランチを食べたものだわ。 シャルロットは自身の中に沈殿した記憶を手繰り寄せる。 ◇◇◇ 王立アモーゼ学園は、 建国の父をその名に戴くトップアカデミーである。 幼稚舎から大学院までの一貫校として、両家の子女が集う。 「今日は皆さんに転校生を紹介しますね」 初等科の1年生の教室で、 シャルロットは担任の先生にぽんっと背を押された。 父の商いについて、世界中を旅してまわっていたシャルロットは、 この時まで、ほとんど学校生活というものを送ったことがなかった。 もちろん家庭教師がつけられていたし、 遠隔授業で国の規定の単位は取得していたけれども、 そうそう生の子供と接した記憶が無い。 たまに使用人の子供たちと遊ぶことはあっても、 そこはやはり主の子ということで、子供なりに空気を読んで、 遊ぶというよりは、どうしても接待になってしまうのだ。 ある日、父が自分に誕生日のプレゼントに何が欲しい?  と聞いてきたので 「友達が欲しい」 と答えた。 そしたらこの学園に連れて来られたという経緯だ。 皆の視線が突き刺さる。 好奇心と、拒絶と、無関心が 教室という閉鎖空間の中で 絶妙の居心地の悪さを醸し出している。 「さあ、皆さん、今日から皆さんのお友達になる、  シャルロット・アルドレッドさんよ。  仲良くしてね」 担任の先生はにこやかに微笑むが、 子供の世界はそんなに甘くはない。 「席はそうね、代表生徒のカサンドラの隣が空いているわね」 シャルロットは先生に促されるままに、席に着く。 「よろしくね」 小声で囁くが、カサンドラは先生の死角になるところで、 フンっとわかりやすく顔を背けた。 「馴れ馴れしくしないで!」 冷たい言葉がシャルロットの心に突き刺さる。 どうやらシャルロットはこの閉鎖空間の主である 代表生徒のカサンドラに嫌われてしまったらしい。 彼女の声掛けにより、 シャルロットが孤立するのに時間はかからなかった。 ランチを教室の片隅で食べ終えると、 校庭の端にあるブランコに腰かけて時間を潰した。 傍で声がする。 「おい! お前、下賤の女の子供なんだろ!」 琥珀色の髪の少年が、年長の男の子に囲まれている。 そういえば確か彼も同じクラスにいたような気がする。 物憂げな表情をして窓の外ばかりを見ている彼を、 カサンドラが頬を染めてうっとりと見つめていたっけなあ。 「おい、やめろよ! いくら母親が下賤の女だといっても、  こいつはクラウディア家の子息ということになっている。  何かあったらやばいぞ!」 グループのメンバーの一人が嗜めるが、 リーダー格の男の子は聞く耳を持たない。   「こいつはプライドだけは高いからな。  俺たちのことを大人たちに告げ口するなんて野暮な真似はしないぜ?」 そういって、琥珀色の髪の少年の頭を小突く。 少年はただ無抵抗に、やっぱり物憂げな表情を浮かべている。 「あーらら、いけないんだ。  上級生のお兄様が、幼気な下級生をいじめているわ。  この人が言わなくても、わたくしが先生に言うわ」 シャルロットはブランコから降りると、喜々として上級生と この少年の間に割って入った。 「ちょっ……君!」 琥珀色の少年がきつい口調でシャルロットを嗜めるが、 シャルロットは少年を背に庇い、上級生相手に一歩も引かない。 「この生意気なクソ女!」 頭に血が上った上級生がシャルロットに拳を振り上げると、 琥珀色の髪の少年がいとも簡単に上級生の腕をひねり上げた。 「いてててててて」 上級生が情けない悲鳴を上げる。 「僕に何かをするまでは許してやる。  だがなこの子に手出ししたら殺すよ?」 琥珀色の髪の少年の瞳孔が開いている。 その迫力に押され、 上級生たちは一目散にその場から立ち去った。 「大丈夫? 怪我はない?」 琥珀色の髪の少年が、シャルロットを気遣う。 「平気。っていうか、あなた強かったのね。  わたくしはてっきりあなたがいじめられているのだとばかり思っていたわ」 悪気のないシャルロットに、少年は盛大にため息を吐いた。 「君はなぜ、僕を助けようとしたの?  上級生に囲まれている同級生なんて、  けっこうなリスクだと思うけど」 少年は少し呆れたような口調でシャルロットに言った。 「突然だけどわたくし、あなたと友達になりたいの」 シャルロットは手を腰に当て、フンッと胸を張った。 そんなシャルロットに、琥珀色の少年が噴き出した。 「面白い子だね、君は。  いいよ、友達になろう。  僕の名前はアルバート、アルバート・クラウディア」 そう言って、アルバートはシャルロットに手を差し出した。 シャルロットが固くその手を握る。 
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