13.お嬢様とアルバートの過去②

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13.お嬢様とアルバートの過去②

そんな二人のやり取りを、教室から見ていた者がある。 代表生徒のカサンドラだ。 「あの新入り、気に入らないわ。  わたくしたちを差し置いて、   アルバート様に近寄るだなんて、許せない」 昼休みが終わり、教室に戻ってくると、 シャルロットの机には、無数の下靴の跡がついていた。 「あっ……」 シャルロットがしょんぼりと肩を落とすと、 アルバートがシャルロットの手を掴み、教室を出た。 「ごめん。やっぱり僕は君と友達にはなれない」 アルバートの言葉にシャルロットは泣きそうな顔をする。 「どうしてよ! さっきは友達になろうって言ってくれたじゃない」 シャルロットが食って掛かる。 「わからないのか? 君は僕に関わってはいけない。  僕の所為で君が傷つくのは耐えられないんだ」 苦し気に言葉を吐き出したアルバートにシャルロットがブチ切れる。 「嘘つき! そんなのは友達じゃないもん!  友達っていうのはもっとかけがえのないものだって、お父さん言ってたもん。  困ったときには肩もお金も貸してくれる人だって。  わたくしはお金はもっていないけど、肩くらい貸してあげるよ!  はい、どうぞ! だから辛いなら辛いって言えばいいでしょ、  悲しい時には一緒に泣いてあげるし、嬉しい時には一緒に笑ってあげる。  わたくしはあなたとそんな友達になりたいの!」 なりふり構わずに半ば怒鳴るようにそう言ったシャルロットの口元を、 アルバートが掌で覆う。 「わかった、わかったよ、シャルロット。  ごめん。だから落ち着いて」 シャルロットに小声で囁く。 「だったらこうしよう。僕と君とは秘密の友達なんだ。  決してみんなに知られてはいけない。  そうすれば、君に迷惑をかけずに済むし、僕も気が楽だ」 そう言ってアルバートがシャルロットに小さく微笑む。 「だから迷惑だなんて思ってないってば」 シャルロットは不服そうに唇を尖らせる。 「それでいいんだよ。だけどふたりきりのときは、お互いの心を分ち合える  本当の友達になろうよ」 アルバートの言葉に、シャルロットがにっこりと笑って頷いた。 そんなシャルロットの手をアルバートが取り、 真剣な眼差しをシャルロットに向ける。 「太陽と月のあらんかぎり、我が心の友シャルロット・アルドレッドに忠実なることを  我、おごそかに誓います」 そう言ってアルバートはシャルロットの手の甲に口づけた。 人目のあるところでは、 アルバートとシャルロットは決して近づきはしなかったけれど、 放課後に人目がなくなれば、二人は手を繋いで勢いよく走り出す。 「君に見せたいものが山ほどあって、  君に話したいことが山ほどあるんだ」 アルバートが年相応の少年のように笑うと、シャルロットも嬉しくなる。 「わたくしもよ、アルバート」 弾んだ声で応じる。 (そしてアルバートは、わたくしをトレノの屋敷に連れてきた) 「アルバート坊ちゃま、おかえりなさいませ」 そう言って私たちを迎えてくれたのは、年の若いメイドだった。 琥珀色の髪に、同じ色の瞳が夢見るような眼差しをした アルバートにそっくりな美しい女性だった。 「とっ……友達ができたんだ」 ゆでだこのように真っ赤になって、 アルバートがポツリとその女性に報告すると、 「それはよろしゅうございました。坊ちゃま」 女性は心から嬉しそうに微笑んだ。 そして女性は自分の部屋に私たちを案内してくれた。 「屋根裏部屋?」 それは階下の使用人部屋よりも見劣りするような簡素な部屋で、 こんなところに住んでいるのかと、気の毒になるほどだった。 「アル、あなたに食べてもらおうと思って、クッキーを焼いたの。  ちょうど良かったわ。お嬢様も一緒にお茶にいたしましょう」 他人の目を気にせずにいいところまで来ると、 女性のアルバートに対する口調が変わった。 「僕の母上なんだ」 シャルロットはアルバートの言葉に目を瞬かせた。 「僕は父上がクラウディア家のメイドに産ませた子どもなんだ。  君も幻滅した?」 アルバートが泣きそうな顔で微笑んだので、 シャルロットは軽くグーでアルバートの顔を殴った。 「痛ってぇ」 そんなに力を入れたわけではない。 だから然程痛くもないはずなのに、 それでも大仰にアルバートは頬を抑えて、 下を向いた。 少し長めの前髪が、その表情を隠すけれども、 床に雫がポタリと落ちた。 「わたくしを見くびらないで」 シャルロットも鼻の奥がツンとして、 ちょっと泣きそうになった。 「そんなことでアルバートに幻滅したりしない。  それよりも羨ましいと思ったわ。  あなたにはこんなに素敵なお母さまがいて、  あなたのためにクッキーを焼いて待っていてくれる」 シャルロットは寂し気に小さく肩を竦めた。 「シャルロット?」 アルバートが訝し気に、シャルロットを窺う。 「わたくしのお母さまは、わたくしが物心つく前に  お空のお星さまになっておしまいになったから」 一瞬心が引き攣れたけれど、 シャルロットは努めて冷静に言葉を紡いだ。 「えっと……ごめん」 アルバートが気を使って謝ってくれるのが滑稽で、 シャルロットはクスリと笑みを漏らす。 「何を謝るのよ、おかしな人ね。  だけど誰が何と言おうと、あなたのお母さまは素敵な女性(ひと)よ。  これからはわたくしが証人だわ。断言してあげる」 シャルロットの言葉に、アルバートは顔を上げ、 「ありが……とう」 少し呆けたようにそう言った。 戴いたクッキーはとても美味しくて、 絶賛したシャルロットに、女性はレシピを教えてくれた。 そんな穏やかな時間を過ごして家に帰ると、 父がソファーで頭を抱え込んでいた。 「ねえ、お父様、どうなさったの?」 いつもと様子が違う父がとても怖かった。 それでも聞かずには居れなかった。 「シャルロット、よく聞きなさい。  うちの会社が不渡りを出した」 (その言葉の意味を、当時の私は理解できなかったのです)      
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