14.継母からの呼び出し

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14.継母からの呼び出し

「まあ、シャルロット様ともあろうお方が、  こんな場所で一体何をしていらっしゃるのかしら?」 メイサ・ルイーズの言葉に、シャルロットの追憶が破られる。 (まったく、今も昔も変わらないわね) シャルロットは小さくため息を吐いた。 「あら、お弁当を食べていらっしゃるの?   しかもなんて粗末なお弁当。  もしかして、節約でもしていらっしゃるの?」 シャルロットの弁当箱を覗き込んでは、メイサが大仰に揶揄する。 「いやだわ! メイサ様、わたくしこの間、メイドのベッキーが  これとよく似たものを食べていたのを見ましたわ。  いつもおどおどとして、そのお弁当も今日のように校舎の裏でこそこそと食べていましたのよ」 メイサの取り巻きの少女が、まるで汚いものでも見るかのように、 顔を顰めた。 ベッキーとは、この学院で下働きをするメイドである。 自分たちと同い年なのだが、父親を亡くして、幼い弟妹を養うために、 この学院で住み込みで働いている。 給料のほとんどを実家に仕送りしているため、 ベッキーはいつもお腹を空かせていて、 シャルロットはいつもこっそりとベッキーに、自身の手作り弁当を届けていたのだ。 そんなベッキーのことを、小汚いからと、メイサ・ルイーズは目の敵にして意地悪をする。 一度ベッキーを庇って、シャルロットはメイサと衝突したことがある。 『わたくしの友達をいじめないで』と。 「そういえば、シャルロット様はあのベッキーと()()()だったのですわね。  道理でよく似ていらっしゃる。  ねえ、皆さん、これからシャルロット様のことはメイドのシャルロットとお呼びいたしましょうよ」 シャルロットを小ばかにしたように、 メイサとその取り巻きの少女たちが笑い声をあげる。 「それはいけないな。何せシャルロットは僕専用なんで」 そう言って、アルバートがシャルロットを背後から抱きしめると、 メイサ・ルイーズとその取り巻きの少女たちが、顔色を変える。 「これはね、今朝シャルロットが僕のために作ってくれたものなんだ」 そして自身の持つ包みを、軽く上げて見せる。 「これから一緒に食べるんでね。邪魔しないでくれる?」 そう言ってアルバートはとっておきの微笑みを浮かべる。 「アルバート……様……」 メイサの表情が剥がれ落ちて、ひどく青ざめて、屈辱に震えている。 ◇◇◇ 「ひょっとして、気を使っている? シャルロット」 メイサがその場を立ち去ると、アルバートがシャルロットの表情を伺った。 「え?」 その言葉に一瞬シャルロットが目を見開いた。 「どうやら図星のようだね。  10年前に君の父上が僕の父に借金を申し込んだことなら、気にしなくていい。  あの株を買ったのは父ではなくて、僕自身だから」 アルバートが琥珀色の瞳にシャルロットを映し出すと、 シャルロットは目を伏せる。 「それにね、紙切れ同然で買ったアルドレッド商会(きみんち)の株は結局その後爆上がりして、  とんでもない利益をクラウディア家にもたらしてくれたわけだし」 そしてアルバートはクスクスと笑いを忍ばせる。 「その利益に比べれば婚約の違約金なんてものは、微々たるものだよ。  だから君は何も心配する必要はない。  僕が君の嫌がることを本気でできないってことは、君が一番知っているだろう?  ただ、君の父上が留守の今は、どうか僕に君のことを守らせて欲しいんだ」 アルバートが優しい眼差しをシャルロットに向ける。 「それに……ねえ、シャルロット、今日のお弁当のお礼をさせてくれない?」 そう言ってアルバートは先ほど購入してきた、 カフェテリアの年間パスポートをシャルロットに手渡した。 「アルバート!」 シャルロットの瞳が涙に潤む。 「それで思う存分、クラスメイトとランチを楽しんだらいいよ。  その代わり、屋敷に戻ったら飛び切りの笑顔で、僕を迎えてよ。  ふたりで一緒に食事して、それからお茶を楽しもう」 アルバートの提案に、シャルロットは微笑もうとして失敗した。 少し泣き笑いのままで、 「ええ……」 と小さく頷いた。 ◇◇◇ 「許さない、許さないわ! シャルロット・アルドレッド……」 貴族院の会長席に座って、メイサ・ルイーズが苛立たし気に唇を噛み締めた。 そして何かを思案すると、おもむろにスマホを取り出して電話をかける。 「もしもし、イライザ叔母様? お久しぶりです」 その電話をクラウディア家の本邸で受けたのは、 金の髪をきつく巻いた美女である。 イライザ・クラウディアは、アルバートの父、ハリー・クラウディアの後妻として、 このクラウディア家に入った。 イライザはルイーズ公爵家の出であり、メイサの叔母にあたる。 「まあ、わたくしの可愛いメイサは元気にしていたかしら?」 そしてメイサはイライザのお気に入りである。 「ええ、叔母様、今日はわたくし実は叔母様にお願いがあって……」 メイサは電話越しに、しおらしい声を出す。 ◇◇◇ 授業を終えたアルバートがシャルロットを伴って駐車場に向かう途中で、 黒服の男に出くわす。 「アルバートお坊ちゃま、お迎えに上がりました」 その面々に、アルバートはきつい眼差しを向ける。 それは継母であるイライザ・クラウディアの側近の者たちだったからだ。 「アルバート?」 そんなアルバートに、シャルロットが不安そうな眼差しを向けると、 「ごめん、シャルロット。今夜は遅くなると思う。  先にトレノ屋敷に戻っていてくれない?」 アルバートはぎこちない笑みを浮かべた。 「ヨーゼフ、シャルロットを頼む」 アルバートはシャルロットを、最も信頼できる執事に託して、 ひとり、イライザが寄越した車に乗り込む。  
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