17.ふたりの仲直り

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17.ふたりの仲直り

昼過ぎに帰っていったハリスと入れ替わる様に、 再びトレノ屋敷の呼び鈴が鳴った。 玄関に立っていたのは、メイサ・ルイーズだった。 新米執事がそのことをアルバートに告げると、 「会いたくないよ、気分が優れないからといって断って」 アルバートの塩対応である。 しかしメイサは引き下がらない。 「先ほどお会いした、ハリス叔父様はアルバート様は元気だと確かに仰ったわ。  あなた、このわたくしに嘘をついたのではなくて?」 居丈高に新米執事に食って掛かる。 「わたくしはルイーズ公爵家の娘です。  このわたくしを愚弄するということは、ひいてはこの国の貴族院、  そして国王陛下を愚弄することと同意語、あなた国家反逆罪で訴えますわよ?」 メイサのヒステリックな甲高い声色に、 アルバートが小さくため息を吐いてエントランスに降りていくと、 新米執事がすがるような眼差しをアルバートに向ける。 「それは理論の飛躍というものだよ、ルイーズ公爵令嬢。  体調の優れない者に約束も取り付けずにいきなり押しかけてきて、  面会を断るとそうやってヒステリックに騒ぎ立てる。  そんな非常識な君の行動こそが、ルイーズ公爵家を、  この国の貴族院を、ひいては国王陛下のお顔に泥を塗っているんじゃないのか?」 アルバートの言葉に、メイサが顔を赤らめる。 「だ……だって、わたくし、アルバート様のことが心配だったのですもの。  昨夜、アルバート様がお庭でお倒れになったと伺って、わたくし一睡もできませんでしたわ」 メイサがわざとらしくしなを作る。 「そう、だけど僕には、君に心配をしてもらういわれはないよ」 アルバートが冷たくメイサを一瞥する。 「わ……わたくしはルイーズ公爵家の娘、  いすれアルバート様の生涯の伴侶となる者です!  そのわたくしが、アルバート様のお身体を心配するのは当然のことですわ」 メイサが声高に叫ぶと、エントランスにドサリという何かの荷物を落としたような音がした。 振り返ると、メイサの言葉に呆けたようにシャルロットが突っ立っている。 手に持っていたカバンをうっかり床に落としてしまったのだ。 「アルバート……今のお話って……」 青ざめたシャルロットが、 アルバートとメイサの間を走り抜けて自身の部屋へと走っていく。 「ちょっ! シャル……」 シャルロットを気にしつつも、アルバートがきつい眼差しをメイサに向ける。 「とにかく、君との婚約だとかなんだとかという話は、義母が勝手に言っていることだから、  君も間に受けないように。僕にその気はないから」 冷たく言い放ったアルバートに、メイサは唇を噛み締める。 自身に背を向けて、シャルロットを追いかけるアルバートを目で追いながら、 「あなたにその気がなくとも、これはすでに決定事項ですの。  結婚とはそもそも家と家との結びつき、  我がルイーズ公爵家が再び貴族院の中枢を担うためには、  御三家という権威と、クラウディア家の莫大な財力が必要なのですもの。  せいぜい利用させていただくわ。ねえ、イライザ叔母様……」 メイサが誰に聞かせるでもなく、ひとり小さく呟いた。 ◇◇◇ 「シャル! 頼むからドアを開けて!」 部屋に閉じこもったシャルの部屋を、アルバートが必死に叩く。 「アルバート……わたくし、今はちょっと……」 扉一枚を隔てて、シャルロットの声が聞こえてくる。 「シャル! 誤解だ。  今すぐこのドアを開けてくれないと、蹴破るよ!」 アルバートの言葉に滲むそこはかとない殺気に、 シャルロットはしぶしぶドアを開いた。 とても複雑な顔をしているシャルロットを、アルバートが強引に引き寄せる。 「その顔は絶対、僕のこと信用してないだろ?」 アルバートの言葉にシャルロットがジト目をする。 「ええ、もちろん。あなたのそういうところが、わたくし信用できないっていうか、  この、妖怪『天然スケコマシ』」 シャルロットがアルバートの胸の中で、小さく呟くと、 「残念ですが、そのような事実は一切ございません。  幼少期からこのかた、僕は身も心も君のものですから!」 アルバートが少し怒ったような口調でそういうと、 「そんなわけないでしょう?   毎朝毎朝、あれだけ女の人を侍らせて、移動するたびに鈴なり廊下状態だったのに」 シャルロットも拗ねたように口を尖らせる。 「シャル……ひょっとして焼きもちを焼いていたの?」 そんなシャルロットに、アルバートが目を瞬かせる。 「わ……わたくしは……多分自分で思うよりも……焼きもち焼きなのだと思うわ」 顔を赤らめて白状するシャルロットに、 アルバートが呆ける。 「それならそうと早く言ってよ、この十年間君に嫌われたかもと、  どれだけやきもきしたと思っているんだ?」 大きくため息を吐いて、下を向く。 「一層のこと、そうできたらどれだけ楽だったか。  だけどどんなに努力しても、あなたを嫌いになることはできなかったわ。  だから閉ざしたの。あなたの心を知るのがとても怖くて」 シャルロットが頼りなく自身の腕を抱いた。 「なあ、シャル、教えてくれないか?  一体僕の何が、君が心を閉ざさなければならないほどに、  傷つけてしまったんだろうか?」 アルバートがシャルロットに真剣な眼差しを向けると、 「あなた10年前、ジークの前でわたくしのことを『興味ないよ』って言ったわよね。  そのあと、アルドレッド商会の株権を買うときに、『生意気なクソ女』とも」 シャルロットの言葉に、アルバートが顔色を変える。 「ごっ……ごめんっ! あの時は僕も色々テンパってて、  だけど本当はずっと君に謝りたかったんだ。傷つけてごめん」 そこにはアルバートの少年特有の青い想い出があったのだが、 それはまた別のお話である。 「ねぇシャル、僕たちはこの先もきっとたくさんケンカをするだろう。  お互いに傷つくことも、傷をつけてしまうこともあるだろう。  だけどできるだけ早く、仲直りをしよう。  かけがえのない君を傷つけてしまったまま、10年もギクシャクするとか、  辛すぎるよ」 アルバートがその眦にうっすらと涙を浮かべて、 シャルロットを抱き寄せると、 「そうね、わたくしもあなたの言葉を聞かずに、  一方的に心を閉ざしたのは、とてもいけないことだったわ」 その胸の中で、シャルロットがしょんぼりと項垂れる。 「なにせ、僕は君に見せたいものが山ほどあって、  君に話したいことが山ほどあるんだから」 アルバートの幸せそうな声色に、 シャルロットの心に満ちていた不安がかき消されていく。 「さっきのルイーズ公爵令嬢の件だって、それは僕の意思じゃない。  ただ義母が勝手に画策していることだから、気にしないで。  君はただ、僕だけを信頼していて欲しいんだ」 アルバートの真摯な眼差しを受け止めて、 シャルロットがしっかりと頷いた。      
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