さかいめ

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 君はを見たことがあるか?  友人が声をひそめて言った。  当然ながら、断片的すぎて何のことかわからない。私が聞き返すと、友人はいつものトーンに戻って、森と里が接する境界のことだと説明した。  私は鼻で笑ってしまった。なんだ、都会の人間はそんなものも見たことがないのかと。思っただけだったのか、口に出して言ったのかは定かではない。覚えていないが口にしたのなら、彼女はいつものとおり、この田舎モンがぁ、と悪態をついたことだろう。私たちのいつものやりとりだ。  なぜ記憶が曖昧なのかというと、そのとき、しこたま飲んでいたからだ。  ちょうど前期試験が終わって夏期休暇に入る前の日のことだ。帰省前の同級生で混みあうチェーン系の居酒屋を避け、しぶい赤ちょうちんの店で焼酎を酌み交わす。私も友人も酒が好きで、しかも浴びるように飲める体質である。同性同士の気安さで、その日も酒が進んだ。  話を聞いてみると、友人は、里の中にどんなふうに森が出現するのか、想像が及ばないらしい。私はそんな友人を笑い飛ばし、故郷ではどうなっているのかを説明しようとしたのだが、何分したたかに酔っているときの話である。見たことのない人間が風景を想像できるほどの描写は不可能だった。  友人はよく知らぬその場所に、何か幻想的な──オカルティックなイメージを抱いているようだった。  友人はこうも言った。
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