さかいめ

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 風車の回る音がする。  竹の軸が使われているため、その音は軽やかで耳に心地よい。  なぜあの風車の軸が竹なのだと知っているのか。  あの子が見せてくれたからだ。私の手を取って、握らせてくれたから。  がぽり、と靴が鳴る。  いや、違う。これはないはずの記憶だ。私はあの女の子に、会ったことなどない。ここにきて、にせものの記憶は一幅の絵を超えて、動きはじめている。いなかったはずの私を交えて、場面が動く。  いなかったはずなのに、なぜ私の指先は、竹のなめらかな感触を覚えているのだろう?  あのとき、彼女はなんと言ったのだったか?  違う。そんな記憶はない。言葉を交わしてなどいない。  違う。彼女は微笑んでいた。何と言った? そうだ、たしか──  私はいつしか、どこともしれぬ道を走っていた。自身の荒い息づかいが、私を追いかけてくるもののようで恐怖を煽った。ここは、どこだ。右手側には森が広がっている。離れたいのに、道は森から逸れる様子がない。この故郷で森は、どこにでもある。  ふいに、声がよみがえった。  耳元でささやかれるがごとく、息づかいまで鮮明に。  ──どこも、おなじだよ。  ああ、と私は悟る。  森であれば、どこも同じなのだ。どの森も等しく、人の手の及ばざる領域なれば。さかいめを越えた先、森はすべて、常世なのだ。あの森は、すべての森なのだ。
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