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第9話「A級」
一時撤退の命令を受け、兵士たちがシェルターの中へと入った。
兵士の待機する場所は、住民の待機する場所と少し離れ、食料や休息をとるために毛布などが置かれていた。
兵士たちは、命令を受け入れられない様子で、悪態をついているものも多かった。
「くそっ!」
翔(かける)が壁際に設置されていたゴミ箱を蹴り倒した。
バンと大きな音をさせ、ゴミ箱は変形し、飛んでいく。
中はそれほど入ってなかったため、散らかるものはなかったが、めんどくさそうな顔をした英二が小さい声でたしなめる。
「やめろよ……」
「チ……」
他の兵士はたしなめるどころが、同調されたように大きな声で騒ぎ始めた。
「この後、どーすんだよ……」
「もう、無理だろ」
「桐ヶ丘も占領される。もうお終いだ」
震えている者やパニックになり、叫んでいる者がたくさんいる中で、夏希は表情を変えることなく、静かにタブレットを操作していた。
「…………」
それに気づいた大我が、くすっと笑った。
「夏希は、敗戦確定しそうなのに、ひょうひょうとしてんねー」
「…………別に」
夏希は大我に目も合わずに返すと、目の前に表示されたウィンドウで、採掘場に潜伏した敵兵の数を見ていた。
「採掘場占拠された……あいつら、この町を爆発させるとか、聞こえた……!」
パニックになったように叫ぶ兵士に、蓮が声をかける。
「落ち着け」
「ガスがもれたら、どーすんだ!」
「町全体爆発するぞ!そしたら、今避難している人も全滅だ!」
「敵が爆発させるかどうかはわからない」
「爆発させるような計画を、あいつら言ってたぞ!」
落ち着く気配のない隊員たちに、蓮はどう対処していいかわからず少し戸惑った表情を見せた。
「夏希は、夏希の父親はまだ、採掘所の中にはいるんだぞ」
「……………」
その夏希は、表情を一切変えず、機械を操作し、表示される画面を眺め続けていた。
「大変じゃん」
大我がうっすら笑いながら言う。
「お父さんがいるからとか、……関係ない」
「冷静っていうか、冷徹っていうか」
「……………」
夏希は大我の声が聞こえてはいるものの、大した反応を見せずに、画面を見続けていた。
タグゴナガル・フリデッド連合軍は採掘場をほぼ占拠し、採掘場には5人の技術者が残っているのが、確認できた。
無秩序な雰囲気だった兵士たちから、急にキリっと、ハキハキとした声が響く。
「あっ、お疲れ様ですっ!」
その理由に気づいた兵士たちが、次々に姿勢を正す。
「お疲れ様です!和真隊長!」
「みんな、お疲れ」
シェルターの兵士のもとに和真がやってきた。その後ろを湊も歩いている。
「湊隊長お疲れ様です!」
「お疲れさま」
「動けるやつ、集まれ」
和真の声は大きくもないのに、覇気もない声のに、兵士たちが周りに集まる。
夏希も出遅れながら、輪に加わるが、怠いのか、隣の蓮にややもたれかかっていた。
「もうすぐ、町の住民の避難が終わる。敵の中に、A級クラスの者がいる。おそらく10番。伊多津上野町(いたづうえのまち)の戦闘で、俺らの仲間を大量に殺したやつだ」
ピリリと兵士たちの間に緊張が走る。
夏希は蓮の腕をぎゅっと掴んだ。
その手を蓮は上から握り、赤色の波動をやさしく送った。
固く握られた夏希の拳が、少しだけ緩む。
A級とは解毒方法がわからない毒を使うフリテッド人。
その中でも、広範囲、多人数相手に毒を使えるもののことを言った。
場合によっては、気づかないうちに虐殺を行うこともできる。
フリテッド人は素顔や本名が特定できていない者が多く、ターゲットは防衛兵の中で、数字をつけ、呼んでいる。
10番は伊多津上野町の戦闘で、広範囲に渡る毒を放った人物だった。
和真の声に少し力がこもる。
「採掘場にいるタグゴナガル、フリデッド軍を排除するとともに、A級10番、こいつを確実に殺す」
「「「了解」」」
「一番隊が、A級10番を殺る。十八番隊が、一番隊の援護。十七番隊が採掘場に潜入。タグゴナガル軍を殲滅する。採掘場の中に入っているタグゴナガル兵はそれほど多くないから、いけるはずだ」
「「「了解」」」
「あ、あの、A級の毒がきたら、どうすればいいんですか?」
英二の質問に、湊が答えた。
「シールドで避けるより、波動で相殺したほうが効果がある。あとは、受毒しないこと」
「受毒しないって、むず……」
「広範囲に毒がくる場合、俺は……気づけると思う。その毒はそんなに早くない。気づいてから退避でも、遅くないと思う。」
全員が小さくうなずく。
「気をつけたいのは突発的な毒の方だよ。A級の毒を扱えるものは、まだ認知させてないタイプの毒を使えるものも多い。敵が何をしてくるかわからないから、常に、意識を向けてること」
「「「了解」」」
作戦の説明を受けた兵士たちは、戦闘開始まで数時間、各自、休息を取っていた。
同じように、壁にもたれて休む蓮に、さらにもたれて休んでいた夏希が休んでいた。
目を閉じていた夏希とは対照的に、蓮は手のひらに小さく赤い波動を出し、じっと見つめていた。
重くもない、雑さもない、綺麗な足音が聞こえ、蓮が顔を上げる。
その僅かな、筋肉に動きに、夏希が気づき、目を開けた。
湊が立っていた。
「夏希、おいで」
「はーい……」
夏希は気怠そうに小さく返事をし、立ち上がる。
「蓮はまた呼ぶことになると思うから、休んでて」
「はい」
湊はまた綺麗な足取りで、シェルターを出口へと向かっていく。
夏希も静かにふらふらとついていった。
綺麗な姿勢で立つ湊だったが、表情の奥に少し疲労が見えた。
普段からよく接してる人くらいにしかわからない、ほんとに小さな変化だった。
シャルターの外に出てみると、妙に静かだが、離れた採掘場の方でタグゴナガルの戦闘機の音が聞こえる。
湊が夏希に振り返った。
「A級10番、いるのわかった?」
「いえ……」
「さっきは、強い毒使おうとしてなかったからね。でも、神経研ぎ澄ませれば、ここからでもわかるよ。つれてってあげる」
湊はそういうと、地面に膝をつき、手の平を土の上についた。
湊の手のひらから、桃色の薄い波動が広がり、夏希の足元くらいまで、光らせた。
夏希はそれをじっと見た。
「探(さぐ)り……」
「そう。夏希もそろそろできるよ」
夏希は少し、目を見張った。滅多に見れない波動の使い方だ。
(現役兵では、湊さんしかできない波動の使い方……!)
「まず、俺の波動の上に、夏希の波動をのせて」
「はい」
夏希も湊の隣に膝をつき、地面に手をついた。
そして、夏希は自分の一番操りやすい、金色の波動を湊の波動にのせる。
「そうそう。もっと軽く。溶け込ませて。上手だね」
自分の波動の輪郭を極力なくし、溶け込ませ、のせる。
ただ波動をのせるだけなのは、まるでおんぶされてるようで心地よかった。
「夏希は力抜いて。……こっちだよ」
湊の波動が伸びだした。
上にのせた夏希の波動も一緒に連れて行く。
夏希は目を閉じる。
湊が軽く、夏希の肩を抱き、呼吸のリズムを合わせる。
川のせせらぎのような湊の波動の上にのった自分の波動は、意志を持って動き出す。
タグゴナガル・フリテッドが集まっている採掘場の方へと向かっていった。
しばらく何も感じなかったが、おそらく採掘場付近にきて、地面からビリビリとした違和感受け取った。
タグゴナガル兵だ。
湊の波動はそれを避け、ある敵兵の下へ行く。
その男は意識的に毒を出さなくとも、体から毒の波動が滲み出ていた。
それが、足元までじりじり蠢く。
その波動にごく少量の波動だけ、湊は触れた。
気持ち悪い。
「はっ……!」
夏希は思わず、びくっと体を硬直させる。
それと同時に波動は消えてしまった。
「これが、A級10番」
「そう。なんとなくわかった?」
「はい。…………これで、渚は死んだんだ……」
「こうやって、波動と毒が会うと、違和感を感じるよね。今みたいに、びくっと突然切ると、相手に気づかれやすいから、やんわりと離すんだよ」
「はい」
「この毒の気配が基礎となって、攻撃が来るはずだ。夏希は、視野、広くもって、気づいてね」
「俺……わかるかな」
「目の前ばかりを見ずに、冷静でいればね。いつもの夏希じゃん。さ、シェルターの中もどろっか」
「あ……」
夏希は立ち上がろうとしたものの、力が入らず、よろめいた。
それを湊に支えられる。
その湊もまた、かなり大きく息をして、疲労しているのがよくわかった。
「大丈夫?疲れさせちゃったね。蓮呼びなよ」
「はい」
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